1812-13-1404-12/15メルマガブログ転送日本の没落4高輪ゲートウェイ

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(見出し)

能町みね子さん「後世に残したくない。恥」一問一答
[2018年12月12日9時33分]


(私のコメント)
明らかにjrは日本の歴史文化に敵意と悪意を持っている。
前回の解説「日本の没落」の通り、これが移民国家の成れの果てだ。
多文化共生社会とは文化の戦いだから、駅名一つとってもきまらないだろう。
アメリカ大陸の地名のように侵略者の名前を付けて、過去の歴史を遮断するようなことが日本でも起きる。

(私のコメント終)
(引用開始)
山手線30番目の駅として20年春に暫定開業する新駅の名称が「高輪ゲートウェイ」に決定した件で、名称の撤回を求める署名が1万5000人を超えたことが11日、分かった。コラムニスト能町みね子さん(39)が署名専門サイトで運動を立ち上げた。能町さんは日刊スポーツの取材に「後世に残したくない。恥」と、新駅名をバッサリと批判した。JR東日本では「(撤回の予定は)今のところない」としている。

 

以下は能町さんの主な一問一答(敬称略)

-「高輪ゲートウェイ」に名称決定と聞いた時の印象は

能町 ダサい。ただ、何か余計なことをやってくるとは予想はしていた。こういうものって一般公募だとまともなモノになるが、決定権者が余計なことをするというのは定番。カタカナとか付くんだろうな、とか予想はしていた。

-自身の名で署名運動を立ち上げた経緯は

能町 世間は最近、二極化しがちですけど「高輪ゲートウェイ」だけは、老若男女、右も左もがほぼ疑問を抱いている。こんなことはなかなかない。これこそ、一致団結できることではないか。簡単に覆せるのではないか。そんなことを(連載の仕事の)原稿に書いた。書いた手前、やってみよう、と。考えてしまうとやらなくなってしまうので、何も考えずとりあえず立ち上げちゃえ、と立ち上げました。

-「高輪ゲートウェイ」撤回を求める一番の理由、欠点とは。

能町 ゲートウェイの言葉になんの意味もないことですね。(JRが)「江戸の入り口」といったことは意味は説明していたが、「高輪の入り口」では意味合いがおかしい。違和感。

-署名サイトでは、公募上位3傑「高輪」「芝浦」「芝浜」については許容範囲としている

能町 「○○にしましょう」という立ち上げだと意見が割れてしまうと思ったので。そこは問わず、とりあえず「ゲートウェイ」はやめられないか、と。そもそも公募の意味は何だったんだ、ということ。

-署名が約1万5000人

能町 それぐらい集まるほど、反感を買っているということを、決定権を持っている人は自覚して欲しい。こんな個人の署名で4日かそこらで1万5000人ってなかなかない。大半が生活にかかわらない人にもかかわらず。

JR東日本にいつ出すのか

能町 出そうとは思っているが、まずやってみようというスタートなので、いつ締め切るか、どうアプローチするかは、まだこれから。

-目標の票数は

能町 目標は初期段階では定めていない。どのくらい集まるか確かめてみたかったということもある。

-署名運動を立ち上げた自身の立ち位置としては

能町 地名マニアというか、“地名好き”ですかね。

-高輪にゆかり、思い入れは

能町 地縁は全くないが、大学で地名の研究をやっていて、江戸、東京一帯の地名には思い入れがあります。

-駅名には地名が入るのが基本か

能町 そうですね。ランドマークであることはあっても駅名が地名じゃないことはあまりない。(高輪ゲートウェイは)後世に残したくない恥。この時代の日本がどんなにしょうもない文化だったのかを、後世に残してしまう

-そういった意味で好きな駅名、地名は。

能町 地名が表しているものと駅名が合致していればいい。「渋谷」は谷の真ん中にあり、昔から渋谷村。「鶯谷」とかもいいですね。地名から消えてしまったが、駅に残っている。「茗荷谷」もそのパターンですね。

-やはり「地名好き」というのが署名運動に向かう一番の動機か

能町 あとは挑戦、という感じですかね。「高輪ゲートウェイ」になったところで、私に不利益があるか、というとそうではない。やればできる、というところをやってみたい。

-著名人として署名を立ち上げるリスク、覚悟は

能町 「高輪ゲートウェイ」がすごくいい、という人がほとんど見あたらないので、「でしゃばるな」的なこと、それ以外は思いつかない。私の予想以外のところから変な反応が来る方が怖い。

東京メトロ日比谷線の「虎ノ門ヒルズ」駅も発表された

能町 正直、全く好きではないですが、あちらは「虎ノ門ヒルズ」というビルが既にあるので、銀座線で言う「三越前」という感じで、許容範囲ではないか、と。

京浜急行電鉄も、沿線に住む小中学生からの公募で複数の駅名の変更を検討している

能町 私は否定的。過去に「産業道路」(川崎市)の駅名を変える話があったとき、近隣住民から「大師河原」という代案が議会にまで行ったのに、今回そこに触れず「子供たちから公募する」と言っている。そこがすごく気持ち悪い。あくまで地元の歴史は無視、という意思を感じる。

 

 

 

 

(引用終了)

 

1812-12-1403-12/15メルマガブログ転送日本の没落3

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(私のコメント)
早速こんなニュースが飛び込んだ。
これから、我々の身の回りの電車やバスの中でも民族同士の殺し合いが始まるだろう。

どこかに書かれたことの受け売りなのだが、結局移民推進の指導者たちというのは、庶民のことを何も考えていない。
庶民のルサンチマンを利用するだけで、庶民の味方のふりをしているが、内心は上から目線で馬鹿にしている。
フランスのデモで、失敗が明らかなのに移民法を短時間に成立させるなんて正に庶民のことなんか何とも思っていない証拠だ。
結局付けを払わされるのは、庶民で、戦前はすずさんのような庶民が原爆投下でひどい目に合い、東京下町のように十万人も焼き殺された。
これから、日本もエリートの失敗の付けを血と涙と生命財産で払わせられるのだろう。


(私のコメント終)
(要約引用開始)
いったい何があったのでしょうか。
#兵庫県明石市 の病院で診察中の医師が突然、刃物で刺されました。
刺したのは、きのうこの医師の手術を受けたという患者でした。
患者が医師を切りつけるなど病院の職員に対する「 #院内暴力 」。
全国で相次いでいます。 #nhk #NW9

返信先: @nhk_nw9さん
中国籍の無職の65歳女の単独の犯行。それが全て。何故、全国で相次いでいますなどと広げる必要がある?中国人女が医者を刺したって事柄を薄めたいのか?

返信先: @nhk_nw9さん
14時のニュースでは中国籍で神戸だか芦屋に住んでるXXXって実名でてたけど、圧力でもあったのかなぁ

返信先: @nhk_nw9さん
中国人による靖国神社の放火を「ボヤ」とごまかしたり、今回は犯人の国籍を隠したり、これも報道の自由の一環ですか?
(要約引用終了)

リベラリズムによる全体主義

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(見出し)

移民という「自死を選んだ」欧州から学ぶこと 「リベラリズムによる全体主義」がやってくる

 


中野 剛志

2018/12/14 10:20


(私のコメント)
現在でも在日朝鮮人などの移民が日本人を支配しようとして混乱を招いている。
旧約聖書のような民族間の殺し合いが始まるわけだ。
解決策としてはパレスチナのように各民族が固まって分かれて住むしかない。
いわゆるチャイナタウンだ。
アメリカもすでにゲイトシティと言って、高所得白人は高い塀をめぐらした中に住んで、警察や消防、水道電気など全部自治を行って暮らしている。
黒人は黒人同士、イスラムイスラム同士住んで他民族に殺されない様に暮らしている。
日本もこういう悲惨な社会になって行くのだが、誰もそれを止めるどころか一生懸命推進している。
この様に一丸となって滅亡にまい進する状態というのは、戦前の日米戦争前夜と同じ状況だ。
結局国が滅び、原爆投下と焦土に終わったのだが、その愚をもう一度繰り返すようだ。
中野剛志さんは非常に頭の良い人で、この人の著書は大体読んでいる。
戦前もこの人のように世の中の流れを見通して、警鐘を鳴らした人は多かったが、日本人の「空気と流れ」は前回のYOutubeのように「取り返しがつかない」方向に加速した。
前回の講演の締めくくりの話と同じで、我々庶民は、滅亡する城の門番のように、持ち場持ち場でその運命を受け入れ、立ち向かうしかない。
多分特攻隊で敵戦艦に体当たりした若い人々も同じ心境だったのだろう。


(私のコメント終)
(引用開始)
外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案が、12月8日、参議院本会議で可決、成立した。新たな在留資格を設け、幅広い業種で外国人労働者の受け入れを拡大することになるが、業種や受け入れの規模・人数も決まっていないなど、さまざまな問題が指摘されており、実質的に「移民法案」となっているとの声もある。

本稿では、「アラブの春」やシリア内戦以降、欧州が大量の移民受け入れによってどのような深刻な問題が生じたかを描いた『西洋の自死 移民・アイデンティティイスラム』を、『日本の没落』著者の中野剛志氏が解説する。

欧州の指導者たちの決断が招いた事態

 『西洋の自死 移民・アイデンティティイスラム』は、英国のジャーナリストであるダグラス・マレーの問題作にしてベストセラー、『The Strange Death of Europe: Immigration, Identity, Islam』の邦訳である。

 その書き出しからして衝撃的だ。

 「欧州は自死を遂げつつある。少なくとも欧州の指導者たちは、自死することを決意した」

 そして、恐るべきことに、この書き出しが単なるあおり文句ではなく、否定しがたい事実であることが、読むほどに明らかになってゆくのである。

 「欧州が自死を遂げつつある」というのは、欧州の文化が変容し、近い将来には、かつて西洋的と見なされてきた文化や価値観が失われてしまうであろう、ということである。つまり、われわれがイメージする欧州というものが、この世からなくなってしまうというのである。

 なぜ、そうなってしまうのか。それは、欧州が大量の移民を積極的かつ急激に受け入れてきたことによってである。

 本書には、移民の受け入れによって、欧州の社会や文化が壊死しつつある姿が克明に描かれている。1つの偉大な文化が絶滅しつつあるその様には、身の毛がよだつ思いがするであろう。しかも恐ろしいことに、この欧州の文化的絶滅は、欧州の指導者たちの決断が招いた事態なのである。

 もっとも、この移民の受け入れによる文化的な自死という戦慄すべき事態は、対岸の火事などではない。これは、日本の問題でもある。

「保守」のねじれが招いた日本の「自死

 日本は、移民に対しては閉ざされた国であると考えられてきた。しかし、経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国の外国人移住者統計(2015年)によれば、日本は2015年に約39万人の移民を受け入れており、すでに世界第4位の地位を得ているのである。

 さらに、2018年6月、日本政府は、2019年4月から一定の業種で外国人の単純労働者を受け入れることを決定した。その受け入れ人数は、2025年までに50万人超を想定しているという。そして、11月2日には、新たな在留資格を創設する出入国管理法改正案が閣議決定され、12月7日、参議院本会議で可決・成立した。

 ついに日本政府は、本格的な移民の受け入れへと、大きく舵を切ったのである。しかも、国民的な議論がほとんどなされぬままに、である。

 皮肉なことに、本書が日本で刊行されるのは、本格的な移民受け入れのための出入国管理法の改正案が臨時国会で成立した直後、すなわち、日本の指導者たちが欧州の後を追って自死を決意した直後ということになる。

 はなはだ遺憾ではあるが、われわれ日本人は、本書を「日本の自死」として読み換えなければならなくなったのである。

 本書が日本人にとって必読である理由がもう1つある。それは、移民やアイデンティティという政治的に極めてセンシティブな問題を考えるにあたり、本書の著者マレーに匹敵するような優れた書き手が、残念ながら日本にはいないということである。

 マレーは、保守系雑誌『スペクテイター』のアソシエート・エディターを務めていることからもわかるように、保守派のジャーナリストである。しかし、彼の筆致は、日本におけるいわゆる「保守系」の論壇誌に登場する論者たちとは、まったくもって比較にならない。

 最近も、『新潮45』という雑誌にLGBTに関する下品な駄文を発表し、同誌を休刊に追い込んだ自称「保守」の評論家がいた。ろう劣な偏見への固執を「保守」と勘違いし、しかもそれを臆面もなくさらけ出したために、ひんしゅくを買ったのである。

 昨今の日本では、この評論家と同様に「保守」を自称する連中が書籍やSNSを通じて、ヘイトスピーチまがいの言説を垂れ流すようになっている。

 さらにややこしいことに、保守系の論者たちがこぞって支持する安倍晋三政権こそが、本格的な移民の受け入れを決定し、日本人のアイデンティティーを脅かしているのである。これに対して、彼らは何の批判もしようとしない。こうなっては、日本において「保守」と呼ばれる論者に何を期待しても無駄である。

 いずれにしても、すでに移民国家への道を歩み始めてしまった以上、今後、日本においても、本書に描かれているような問題が顕在化するであろう。その時、おそらく、この問題を巡る論争は決着のつかない不毛な対立となり、議論はまったく深まることなく、ただいたずらに社会が分断されていくであろう。

移民受け入れはどのように正当化されていくのか

 具体的には、こうである。

 一方には、移民の流入により賃金の低下や失業を余儀なくされたり、移民の多い貧しい地域に居住せざるをえないために治安の悪化やアイデンティティーの危機にさらされたりする中低所得者層がいる。

 他方には、移民という低賃金労働力の恩恵を享受しながら、自らは移民の少ない豊かで安全な地域に居住し、グローバルに活動する富裕者層や、多文化主義を理想とする知識人がいる。彼らエリート層は、移民国家化は避けられない時代の流れであると説き、それを受け入れられない人々を軽蔑する。そして、移民の受け入れに批判的な政治家や知識人に対しては、「極右」「人種差別主義者」「排外主義者」といった烙印を押して公の場から追放する。

 その結果、政治や言論の場において、移民の受け入れによって苦しむ国民の声は一切代弁されず、中低所得者層の困窮は放置されたままとなる。

 これは、単なる悲観的なディストピアの未来像ではない。マレーが詳細に報告するように、すでに欧州で実際に起きていることなのである。

 イギリスの世論調査によれば、イギリス国民の過半数が移民の受け入れに否定的である。しかし、公の場においては、一般国民の声は一切反映されず、移民の受け入れを当然視し、歓迎しさえする言説であふれている。移民の受け入れは既定路線として粛々と進んでいく。

 欧州において、移民の受け入れは、次のような論理によって正当化された(第3章)。

「移民は経済成長に必要だ」

高齢化社会では移民を受け入れるしかない」

「移民は文化を多様で豊かなものとする」

「どっちにしても、グローバル化の時代では、移民の流入は止められないのだ」

これらの主張はいずれも、日本の移民推進論者たちにも踏襲されている。もっとも、マレーが鮮やかに論証するように、どの主張も論拠を欠いている。ところが欧州のエリートたちは、この主張のうちの1つが破綻すると、別の主張で置き換えつつ、移民の受け入れの正当化を続けてきたのである。

 こうした一見もっともらしい浅はかな主張の後押しを受けて、おびただしい数の移民が欧州に流入した。その結果、欧州各地で文化的な風景が失われ、いくつかの町や都市は、まるで中東やアフリカのようになっていった。それだけではない。治安は明らかに悪化し、テロが頻発するようになったのである。

政府やメディアが隠蔽した移民による犯罪

 もっと深刻なのは、西洋的な価値観が侵害されたことであろう。

 エリートたちは、宗教的・文化的多様性に対する寛容という、西洋的なリベラルな価値観を掲げて、移民の受け入れを正当化してきた。しかし、皮肉なことに、こうして受け入れられたイスラム系の移民の中には、非イスラム教徒あるいは女性やLGBTに対する差別意識を改めようとしない者たちも少なくなかった。このため、移民による強姦、女子割礼、少女の人身売買といった蛮行が欧州で頻発するようになってしまったのである。

 ところが、ここからが私たちを最も驚愕させる点なのだが、欧州の政府機関やマスメディアは、移民による犯罪の事実を極力隠蔽しようとしたのである。それどころか、犯罪の被害者すらもが、加害者である移民を告発することをためらった。というのも、そうすることによって、人種差別主義者の烙印を押されることを恐れたからである。

 そして実際に、移民による犯罪を告発した被害者に対して人種差別主義者の汚名が着せられたり、あるいは告発した被害者のほうが良心の呵責を覚えたりといった、倒錯としか言いようのない現象が頻発したのである。

 この異常事態は、もはや「全体主義的」と形容せざるをえない。寛容を旨とするリベラリズムがねじれて、非リベラルな文化に対しても寛容になり、ついには、人権、法の支配、言論の自由といったリベラリズムの中核的価値観を侵害するに至ったのである。まさに、「リベラリズム自死」と言ってよい。

 この「リベラリズム自死」あるいは「リベラリズムによる全体主義」と言うべき異様な雰囲気の中で、保守派のマレーは本書を世に問うた。移民の受け入れを徹底的に批判し、それを欧州の「自死」であると堂々断罪してみせたのである。これは、ジャーナリストとしての政治生命を賭したレジスタンスと言っても過言ではない。

 それだけに、本書の構成力、論証力そして文体は見事と言うほかない。日本の自称「保守」は、マレーの爪の垢を煎じて飲むといいだろう。

 マレーは、膨大な調査結果を参照するだけでなく、数々の現地取材も重ねている。そして、移民問題という極めてデリケートな問題を扱うに当たり、冷静かつ公正に論証を積み上げつつも、決して曖昧な表現に逃げようとはせず、自らの主張を明確に断定している。

欧州人の精神的・哲学的な「疲れ」と「罪悪感」

 なかでも圧巻なのは、本書の後半で論じられているように、欧州人の精神や思想にまで分析を施していることである。

 たとえば、マレーは、欧州人が移民の受け入れに反対するのを極度にためらう心理の底に、かつての帝国主義に対する罪悪感が横たわっていると指摘する。この過去に対する罪悪感が現在の行動を支配し、歪めるという病理は、われわれ日本人にも大いに心当たりがあろう。

 あるいは、マレーは、欧州人の精神的・哲学的な「疲れ」の問題を論じる。要約すれば、すべてを疑い、相対化し、脱構築する現代思想によって、欧州人は疲れ果て、燃え尽き症候群に陥ってしまい、もはや移民問題に取り組むエネルギーを失ってしまったというのである。

「欧州の哲学者たちは真実の精神や偉大な疑問の探索に奮い立つのではなく、いかにして疑問を避けるかに腐心するようになった。彼らは思想と言語を脱構築し、協調して哲学の道具にとどまろうとした。実際のところ、偉大な疑問を避けることが哲学の唯一の務めになったかに思えることもある。その代わりを果たすのが、言語の難しさへのこだわりと、固定化されたものすべてに対する疑念だ。まるでどこにもたどり着きたくなくて、すべてを問いたがっているかに見える。おそらく言葉と思想が導くものを恐れて、その両方の牙を抜こうとしているのだ。ここにも広漠たる自己不信が存在する」(同書344ページ)。

この「疲れ」の問題は、ニーチェやシュペングラー以来の西洋思想の難問である。

 この西洋思想の難問を、移民という実際的な問題を論じる文脈の中に置くところに、深い教養に裏打ちされたイギリスの保守系ジャーナリズムの神髄が表れている。

 とはいえ、過去に移民に対する懸念を少しでも口走った政治家や知識人は、軒並み公の場から追放されてきた。では、このような「過激」な書を世に問うたマレーの運命やいかに?

 マレーによれば、本書はイギリスでベストセラーとなり、一般読者のみならず、意外にも批評家からも好評を得たようである。「政治的文筆、かくあるべし」と言うべき彼の優れた文章力の勝利であろう。これは、よく言えば、本書を受け入れる健全なリベラリズムがイギリスにまだ残っていたということを示している。だが、悪く言えば、欧州が自死を遂げつつあることを誰も否定できなくなったということでもある。

 そして日本もまた、欧州の後を追うかのように、自死への道を歩んでいる。もっとも、1人のマレーも出さぬままにだが……。

 


(引用終了)

 

1812-10-1401-12/13メルマガブログ転送日本の没落

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(見出し)

「没落について」中野 剛志氏(評論家)グローバル資本主義を超えてII

(私のコメント)
(要約)
没落とは、何か。
没落へのスパイラルから逃れられない状態のこと。
一旦このスパイラルに入ると、もう取り返しがつかず、手の施しようもない。

英国がEUから離れることは大した問題でないし、むしろ良いことだ。
英国は離脱により、民主主義を取り戻し、移民を制限することで英国の労働者は賃金の低下や失業を防げる。
英国の離脱の問題点は、離脱作業のプロセスにある。
EU離脱は非常にコストがかかる、ということが分かれば他の国は離脱出来なくなる。
社会学に「ロックインの理論」「囲い込みの理論」というものがある。
一つの選択の結果、それを止めることはスィッチングコストの為に他の選択が出来なくなる現象を言う。
英国の離脱はコストが高いために事実上出来ないことは、ロックインが完成した、ということだ。
ロックインが完成すると、もう手遅れだ。
すでに日本は「取り返しがつかない」状況だ。
日本の移民拡大は日本滅亡のロックインで取り返しがつかない。
世の中には社会や個人の意思ではどうにもならない流れというものがあり、それを先人は運命とか宿命とか言った。
それがロックインだ。
マキャベリオルテガ、マーガレットサッチャーその他賢人たちも、これを言っている。
どう考えても、どうあがいても没落の道しかない、それが完成されたロックオンだ。
我々は没落の時代をどう生きるか。
「どこで幸運が来るか分からないから頑張るしかない」
「滅亡に立ち向かって日々の責任を果たし、滅亡するなら滅亡するしかない」

(要約終)
私の見解では、この話は運命論や決定論のような話だ。
この人は、頭の良い人だから、皮肉を込めてわざと問題提起の為にこういう言い方をしている。
私の考えでは、コストがかかっても何でも逃げ出すときは理屈抜きで逃げ出すのが人間だ。
「ゆでガエル理論」というのがあるが、段々熱くなるふろ桶にいる、カエルは気が付かずにゆでガエルになって死んでしまう、というものだ。
だが、人間は耐えられなくなると、風呂から飛び出す。
これは株の世界でも言われていることで「損切り」が嫌で難平を繰り返し、更に下がって損が膨らみどうしようもなくなることがある。
これも一種のロックオン現象だ。
人はこれによって破産したり自殺したりするのだが、やはり誰でも「投げ場」というものがある。
どこかで問答無用で、どんなに損が大きくても投げるときがある。
昔を振り返っても日米戦争の終戦も、明治維新も同じで、そこ結果どうなるか、というより兎に角投げないといけない決断だった。
滅亡しても地球が無くなるわけでなく、滅亡の先にどんな世界が待っているか、人間は分からない。
立ち向かい、生き残り、子孫を残していくしかないのだ。

 

 

(私のコメント終)

 

1812-9-1400-12/10メルマガブログ転送グローバリゼーションの終焉

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(見出し)
グローバリズムと地方の衰退」柴山 桂太氏(京都大学大学院准教授)グローバル資本主義を超えてII

(私のコメント)
(要約)
歴史を見ると、グローバリズムの終焉は暴力革命又は戦争で終わっている。
現代のグローバリゼーションのピークは過ぎた。
今回のグローバリゼーションも過去と同じで、貧富の格差が大きくなるだけの結果になった。
貧富の拡大は、国の安定性が損なわれるから、今後どこの国も不安定になる。
その不安定は地方から起きる。
グローバリゼーションの結果、どの国家でも国家が都市と地方とに分裂する。
日本は欧州のようなはっきりした動きは今のところないが、都市と地方の分裂は明確に大きくなっている。
都市と地方だけでなく、各国ともエリートと庶民の間がも分裂し、分断が広がり、両者は別々の価値観を持つし、特に利害が全く対立している。
いずれ地方や庶民から政治的反動が起きるし、繁栄する大都市も頭打ちになって衰退する。
従来からの対立軸である、右翼と左翼の分類は無効化している。
両方とも庶民を見下し相手にしない。
グローバリゼーションからもエリートからも昔のサヨク右翼からも見捨てられた中間層庶民を中心とした政策が必要だ。

 

 

(私のコメント終)



1812-6-1397-12/9メルマガブログ転送日本社会の変質

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万国時事周覧
世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

(見出し)

日本国政府は何故‘失敗’を後追いするのかー超国家勢力の影
2018-12-08 13:42:52
(私のコメント)
民法や水道民営化法などの成立を見ると、安倍政権は日本国民の幸せと何の関係もないようなことにばかりやっている。
今大事なのは、少子化対策で、その為には若い人の給料を上げて結婚できるようにしてやらないといけない。
教育も大事だ。
それに比べれば、移民法は、強行採決までやって成立させないといけないような法律でない。
安倍政権は、どうしてこんなしょうもないような法律を一生懸命やるのか。
それを推察すると、このブログ主が主張するような国際的な「超国家組織」を想定すると色々つじつまが合う。
この「超国家組織」は何か漫画の世界帝国的な陰謀論めいているから、フィクション的で本当かどうかわからない。
だが、そう考えるのは、数式のように仮定としてそれを「x」と置いて考えるとはっきりする、という意味だ。
「x」は具体的にはわからないし、xyzなどの複合体かもしれない。
この世の中は本質的には分からないから、仮説を立てて様子を見ながら考えていくしかない。
そういう意味で、超国家組織すなわちグローバル勢力を想定して世界の動きを見た方が分かりやすいだろう。
「それによって誰か得するか」と考えて、得する者を「x」と置いて考えるのだが、日本の庶民はxに当てはまらないだろう。
むしろ庶民は被害者だ。
庶民を奴隷のようにして収奪したい、というのはやはりグローバル勢力、という仮説は成り立つ。
株式投資もこういう観点を見ていいないと分からなくなる。
逆に株式投資をするメリットは、こういう世界の動きが身近になり、関心が高くなることだろう。

 


(要約)
かくも‘失敗’が世界各国で実証されていながら、何故、日本国政府は、国民の反対を振り切って同政策を導入するのか、多くの人々は理解に苦しむはずです。
常軌を逸しているとしか言いようがないのですが、ここに一つの疑惑が浮上してきます。それは、同法案を進めた影の何れの国家にも属していない超国家的な勢力にとりましては、世界各地での移民・難民政策に起因する混乱と分裂は‘失敗例’ではなく、むしろ‘成功例’であるかもしれないという疑いです。

 

(私のコメント終)

(引用開始)

2018-12-08 13:42:52 | 日本政治
日本社会、一変も=経済成長へ外国人就労拡大
 昨晩、終に入国管理法改正案が参議院で可決され、成立することとなりました。今朝の新聞各社の紙面は、政府与党の強行採決に対する批判的な見解も見られるものの、日本国民に対して外国人との共生を求める記事で溢れています。予想通り、同法案の実態は移民法案であったようです。政府が移民政策ではないと強弁していただけに、またもや一般の日本国民は騙された気分に陥るのですが、今国会における政府の政治姿勢における特徴は、諸外国において既に‘失敗’した政策を後追いしている点です。

 欧米諸国では、移民問題が今や最大の政治問題となり、深刻な社会分裂の危機に直面しています。アメリカでは、ホンジュラスから国境を目指して北上した移民集団が米国内の緊張を高めると共に、移民に対する世論も二分していますし、ドイツでも、あろうことか、保守系のCDUが難民受け入れ政策に転じたことから支持率を急落させ、社会的な分裂のみならず、政界の混乱もここしばらくは収まりそうにありません。ミャンマーでもロヒンギャ問題が国際社会を巻き込む難題と化しています。今日、‘世界は移民で揺れている’といっても過言ではありません。

水道法改正案にしましても、野党側からの指摘があったように、諸外国では、水道事業の民営化の結果として水道料金の値上げや水質悪化が起 きたため、再公営化するケースが相次いでいます。このプロセスは途上国や新興国に限ったことではなく、先進国であるフランスの首都パリでも辿っており、水道事業の民営化、あるいは、コンセッションの譲渡もまた世界レベルで発生している問題なのです。

 かくも‘失敗’が世界各国で実証されていながら、何故、日本国政府は、国民の反対を振り切って同政策を導入するのか、多くの人々は理解に苦しむはずです。‘愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ’とするビスマルクの言葉に従えば、日本国政府は明らかに愚か者となります。国民の多くが政府の政策に反対するのも、‘失敗’の後追いという愚かしい行為を詭弁を弄し、詐術的な論法を用いてまで正当化しようとするその不誠実な態度にあります。

常軌を逸しているとしか言いようがないのですが、ここに一つの疑惑が浮上してきます。それは、同法案を進めた影の何れの国家にも属していない超国家的な勢力にとりましては、世界各地での移民・難民政策に起因する混乱と分裂は‘失敗例’ではなく、むしろ‘成功例’であるかもしれないという疑いです。つまり、一般国民とは全く逆の基準で同政策を評価している超国家勢力が存在しているかもしれないのです。同勢力にとりましては、世界各国における社会分裂や民族対立、あるいは、伝統や文化破壊するためには望ましいものであり、主権、領域、国民の基本的な枠組みとなる民族を消滅させることは、更地化した世界を支配する野望を達成するためには必要不可欠な‘工程’なのでしょう。

 そして、超国家勢力が民族的な枠組みの消去と同時並行して行うべき‘工程’とは、食糧や水といった人の生存に不可欠となる資源やインフラの掌握であり、水道法の改正はこの文脈から理解されます。後に国民からの反発を受けて再公営化されたとしても、事業運営期間において十分に投資額に見合った収益は確保できると見積もっているはずです。否、‘元を取る’ためにこそ、水道料金を値上げしないとも限らないのです。

 超国家勢力は、‘成功’した手法であるからこそ、日本国に対しても移民・難民大量送り込み計画の実行を要請したのでしょう。日本国政府は、この‘工程表’に忠実に従ったに過ぎず、日本国民から低評価を受けたとしても、同勢力からは‘お褒めの言葉’をもらい、労をねぎらわれるのです。‘よくぞ、国民の声を封じ込めた’として…。たとえ次回の国政選挙で与党が敗北し、安倍首相がその座を降りることになったとしても、同勢力からの何らかの報酬が既に用意されているのかもしれません。

 超国家勢力をバックとした政府の視点は国民のそれとは真逆であり、前者が‘救世主’の顔をして後者の破壊や混乱を誘う点において、悪魔的な支配とも言えましょう。今や日本国の民主主義は、風前の灯にあると言わざるを得ないのです。日本国並びに日本国民が魔の手から逃れ、自らの手によってより善き国を未来に向けて造り続けるためには、国民思いの真の保守政党を結成するしかないかもしれないと思うのです。


(引用終了)

 

1812-2-1393-12/2メルマガブログ転送偽装難民による侵略2

(優秀メルマガブログ紹介)
https://www.trumpnewsjapan.info/2018/11/27/ami-horowitz-goes-to-mexico-to-learn-the-truth-behind-the-caravan/
ドナルド・トランプNEWS


(見出し)
現地取材映像:「移民キャラバンの背後にある真相」
投稿日:2018年11月27日


(私のコメント)
この偽装難民のニュースは極端に少ない。
ということは、この偽装難民の陰の指導者とマスゴミの支配者とが同一だ、ということだ。
マスゴミは絶対に陰の指導者が誰か、を報道しない。
報道するのは演出された報道写真、例えば、催涙弾に逃げ惑う女子供の写真などだ。
こういう類いの写真がプロパガンダに利用されるのは、過去沢山あり、それによって世論が大きく動いた。
彼らはその効果が非常に大きいことを知っており、いつも利用する。
古くはロシア革命の時、デモ隊がペテロブルクの王宮に向かって行進した時、故意に女子供を先頭に立たせた。
王宮側はあらかじめデモ隊が王宮に近づいたら発砲する、と警告していた。
それを知っていて女子供を先頭にしたから、発砲されてバタバタ殺された。
これを世界に報道し、革命のプロパガンダに使った。
数年前から問題になっている欧州の難民も、幼児の溺死体の写真が宣伝に利用された。
日本も戦前シナにおける南京爆撃の時、裸の幼児が破壊された駅に取り残されている演出写真を宣伝に使われた。
今も昔も、大体やっている事がよく似ているから、その点からも背後の組織が誰か、推測できる。
これをトランプ大統領がどうさばくか、注目だ。
そして、これは他人事ではなく、日本が難民のターゲットになったとき、どうすればいいのか、お手本になるだろう。


(私のコメント終)
(引用開始)
メキシコを経由して着実に米国国境へ向かって北上する、大規模移民キャラバンについては、様々な相反する話を聞かされているが、実際のところ現場はどういう状況なのだろうか?よりよい生活を探し求めようと自然発生的に一団となった、絶望した家族の集団なのだろうか?それともいくつかの報道が示唆するように、どちらかというと高尚さに欠けた組織されたものなのだろうか?

保守派の映画製作者であるアミ・ホロウィッツ氏は、自分の目で確かめることを決意すると「移民キャラバンの背後にある真相」を他の人々が垣間見ることができるように、撮影班を同伴して現地へ向かった。

ホロウィッツ氏はスタッフを伴って、南部にあるオアハカ州でキャラバンのベースキャンプに行った。その場所は彼の話では、「麻薬犯罪にまみれ、極貧に苦しむメキシコの地域」だという。

ホロウィッツ氏は、立ち並ぶ男性たちの映像越しにこう指摘する。
「キャラバンは女性と子供でいっぱいだという作り話にもかかわらず、現場の実体は全く異なっている。移民の約90から95パーセントは男性だ」

同氏はこう話す。
「報道が押し付けている主要な話は、移民たちが極度の暴力から逃れるためにホンジュラスを去っており、常に生命が脅かされているというものであり、難民申請によって米国に入国できるという策略をお膳立てしている。だから私はまず最初に、なぜアメリカに行こうとしているのか?という簡単な質問をしてみた」

ホロウィッツ氏が得た回答は、「極度の暴力」という主張とは一致しないようだ。ある移民男性は「もっと良い生活を期待している。経済的に」と話す。別の移民男性は「そこに行って働ければいいと思っている」と語る。また別の男性は「ホンジュラスでは仕事がない」と言う。もう一人の男性も「もっと良い暮らしを求めている。それは仕事がないからだ」と同意する。

ホロウィッツ氏が映像に収めた他の移民たちの多くも、「仕事のため」「働くため」と同様の回答だ。移民の中には教育のことを挙げる者もいる。ある若い男性は「そこで勉強を終わらせたい」と話す。

キャラバンの「自然発生」に関しては、ホロウィッツ氏は自然発生とは程遠いものだということを明確に証明している。同氏は、キャラバンを運営させるのに必要なあらゆる人手と資源についての映像の中で、こう説明する。
「大規模な物流面の取り組みが進行中だ。軍隊を動かすのと同種のものだ。また、輸送、食料、水、医薬品、キャラバンのメンバーに提供されるサービスに対して、何百万ドルもの費用を誰かが負担しているのは明らかだ」

彼はまた、供給品を満載したトラックと男性の移民たちですし詰めになった輸送車両のビデオ越しにこう続ける。
「トラックの一団によって供給するサプライチェーンだ。この大規模な団体を前進させ続けるのにはそれが必要だ」

キャラバンの付き添いを支援するメキシコ政府、またキャラバンの取り組みを支援する国連難民高等弁務官事務所と併せて、「絶えず付きまとって」いるのがプエブロ・シン・フロンテーラ(Pueblo Sin Fronteras)、つまり「国境のない人々」と呼ばれる自称「移民権利団体」であり、キャラバンが最終目的地へ向かうのを支援し案内している。

ホロウィッツ氏はこう話す。
「彼らがキャラバンの組織化と動員に最も深く関わる人たちのようだ。名前が示す通り、この組織は国境のない世界を作り上げることを目指しており、それが、そもそも彼らがアメリカの主権を無視してまで、このキャラバンを組織した理由の1つであるようだ」

(引用終了)