1708-10-1318-8/15メルマガブログ転送男女平等グーグル社員解雇

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苺畑より

(見出し)
August 11, 2017

グーグル社員による異見弾圧社風批判メモが炎上、社員は即刻首

(私のコメント)
サヨクリベラル勢力の劣化が激しい。
この記事もガリレオの宗教裁判と同じようなものだ。
これではサヨクリベラルから人は離れてゆくのではないか。
トランプ大統領はポリティカルコレクトネスが嫌われて当選した。
日本もだんだんそういう傾向になってゆくのではないか。

サヨクリベラルが信奉する神よりも人間の理性や合理性が上だ、と言う考え方は単なる個人の感情を理屈付けただけ、ということだ。
テレビのコメント屋などを見てもわかるように、嘘でもねつ造でも全然平気なのは神と同等か、神より偉い、と思っているからだ。
神、というのは別に神様がいるとかいないとか、聖書に従え、という意味でなく、謙虚さや物の道理、お天道様はお見通しだ、というような意味だ。
イギリス経験論のように、実際の社会から得られた知見が観念的な正義より優先されないといけないと思われる事例だ。
平等という正義の剣を振りかざす俺様は偉いのだ、神様よりえらい、というのがリベラルサヨクの本質でないか。
このグーグル社員は首になったそうだが、首にしたグーグルの社長は事実より「俺様はえらい」に理屈をつけただけじゃなかろうか。
俺様は偉いがお前も偉い、という考えでなく、俺は神、お前は悪魔、というのがリベラルになっているのだからゾロアスター教に退化したみたいなもんだ。
本当の悪魔を倒せばえらいのだが、ドン・キホーテのように風車に突撃したりして、滑稽だ。
風車ならまだいいが、バンデ地方のカトリック虐殺やポルポトのように皆殺しではかなわない。


(私のコメント終)


(引用開始)


(見出し)

August 11, 2017

グーグル社員による異見弾圧社風批判メモが炎上、社員は即刻首

フェミニズム
先日米グーグルの社員が同社による行き過ぎたポリコレを批判する内部メモを書いたが、それが社外に流出してネットなどで大炎上。メディアはメモの内容を全く読みもせず、それがあたかも極度な女性蔑視のメモであるかのように報道。メモの著者である男性社員は即刻グーグル社を解雇された。下記はメディアによる典型的な偏向報道。強調は記事による歪曲部分である。

女性差別文書で男性社員を解雇 米グーグル 解雇男性は反発

米IT大手グーグルは8日までに、ハイテク業界に女性が少ないのは生まれつき技術職に向いていないのが要因だ、とする社内文書を作成した男性社員を解雇した。文書は社外にも広まり、性差別的として社内外から批判の声が出ていた。欧米メディアが伝えた。

 グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は従業員向けのメールで「われわれの行動規範に違反し、一線を越えている」と批判。ピチャイ氏は夏期休暇を切り上げ、この問題に関する社員集会を開くという。男性社員は解雇に反発しており、訴訟となる可能性がある。

 男性社員は文書で、男女の好みと能力に違いがあるのは「生物学的な理由」と主張し「ハイテク業界と指導者層で、女性が男性と平等な立場を実現できていない理由を説明できるかもしれない」と記していた。(共同)

グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)はこのメモについて、「我々の職場で性別における有害なステレオタイプを促進するような言葉によって(略)我々の特定の同僚が生物学的に職種に適さない傾向があるなどと言うのは無礼でありオッケーではない。」と語った。

デイリーワイヤー誌のベン・シャピーロによると、この”not OK"「オーケーではない」という言い方は暗号で、実は「そとに連れ出し貼り付けにして明け方火あぶりの刑に処せ」というに等しいぐらいの厳しい糾弾である。

このメモの著者はジェイムス・ダモアー(James Damore)という白人男性で、グーグルでエンジニアとして働いていた。ダモアーはグーグル社における右翼保守思想弾圧や、不効率な女性及び少数派への特別扱いについて批判したのであり、女性が男性に比べて劣るなどとは一言も言っていない。特にグーグルに努める女性社員が男性社員に比べて不能だなどとは一切言っていない。

彼はIT系や管理職に女性の数が少ないのは、生物学的な男女差に起因するものがあり、必ずしも女性差別によるものではないと説明した。さらにダモアーは統計的に女性と男性が仕事に求めるものは違うことを示し、グーグルが女性社員を増やしたいなら、女性の入社志望者の基準を下げるのではなく、パートの仕事を増やすなど、女性に魅力ある職場を作ることに努力すべきだと提案したのだ。

男女の賃金の差や管理職における女性の数の少なさについてはアメリカだけでなく、最近は日本のフェミニストからも多く苦情が出ているようだが、完全な男女平等社会であればどんな職種でも男女が半々になるはずだという考えは、男女の差を全く無視した考えから来るものだ。

女性は人間関係の円満さを求める傾向があるので、ストレスが高く競争が激しい分野より和気あいあいな職場を求める。また家庭を優先させるため勤務時間が長い管理職も自ら敬遠する傾向がある。それで必然的に女性の平均賃金はこうした職種に就く男性よりは低くなる。が、もし女性でも家庭をある程度犠牲にしても男性社員との激しい競争に打ち勝てる人は、それなりの地位についている。

カカシは大学は工学部出身だが、機械にしろ電気に建築しろ工学部における女生徒の割合は一割程度だった。しかし女性が理系に向かないのかといえばそれは違って、科学でも化学や生物学および医学系、そしてわが母校が誇る酪農・農業科学などには女生徒が非常に多かった。つまり女性は機械よりも生きたものに興味があるということだ。

大学がこうなので、機械及び電気工学専門の職場であるカカシの職場では必然的に女性エンジニアの数は一割程度。わが社の女性社員は圧倒的に人事課とか総務課の仕事についている。カカシがこの一割のエンジニアに含まれることは言うまでもない。

平均的な女性と平均的な男性の違いを指摘することは決して一個人の女性の能力を軽視するものではない。ダモアーはグーグルから「男女差のステレオタイプを促進している」として解雇されたが、シャピーロ曰く、グーグルの「多様性方針」こそが男女差のステレオタイプに基づいたものだという。

職場の文化を豊かにするためにもっと多くの女性を雇わなければならないという考え方そのものが、女性は男性と違うという思想に基づくものだ。ザ・ブレーズ誌のマット・ウォルシも、もし男と女が同じなら、女性が特に職場に貢献するものはないはずだと指摘する。

もっと女性社員の数を増やすべきだという考えは、女性が男性と違った特有な才能を持っているからでなければ成り立たない。女性と男性が全く同じなら職場の男女の比率が同率でないからと言って特に問題はないはずだ。だがもし、女性には男性とまったく違った特性があると主張するなら、その特性が女性をある種の職場から遠ざけている可能性も考えなければならない。女性には特性があると言っておきながら、その特性が男性とは違うのだと指摘することを差別だと言い張るのはおかしい。女性が男性と同じなら女性は特別ではない。女性が特別なら男性とは違う。どっちなのか?

グーグルは民間企業なのでどんな理由で社員を解雇しようとグーグル社の勝手ではあるが、常に多様な意見の交換を促進していると掲げている同社が、社風の保守派弾圧思想を批判した社員を即解雇したというのは、いかにダモアーの指摘が正しかったかを証明するものだ。これで同社においてダモアーの意見に賛成している社員は口をつぐまざる負えなくなっただろう。

しかし、ダモアーのような賢い男性が、このメモが炎上することに全く気が付かなかったとは思えない。はっきり言ってダモアーは確信犯だと思う。ダモアーはこのメモが社内内部で収まるなどとは考えていなかったはず。このソーシャルメディアの時代、しかもグーグルというネット情報検索エンジンの会社の第一線で働く彼が、自分のメモがソーシャルメディアで拡散されないと考える方がおかしい。そうなればフェミニスト連中が女性蔑視だと言って騒ぎ立て、後退派メディアが歪曲報道をやって、会社に恥をかかせたと怒ったグーグルがダモアー解雇、、となることは最初からわかりきっていたことだ。

ダモアーはグーグルを訴える覚悟があると言っているが、最初からそのつもりでグーグルを挑発したことは明らかだ。グーグルはダモアーが言った通りの反応を示した。実際ダモアーが勝訴する可能性があるかどうかはわからない。だが今後彼はこのことを利用して保守系メディアで活躍できるはずだし、すでに採用の依頼が来ているという話もある。なんにしても今後の彼の人生は結構明るいのかもしれない。August 11, 2017

グーグル社員による異見弾圧社風批判メモが炎上、社員は即刻首

フェミニズム
先日米グーグルの社員が同社による行き過ぎたポリコレを批判する内部メモを書いたが、それが社外に流出してネットなどで大炎上。メディアはメモの内容を全く読みもせず、それがあたかも極度な女性蔑視のメモであるかのように報道。メモの著者である男性社員は即刻グーグル社を解雇された。下記はメディアによる典型的な偏向報道。強調は記事による歪曲部分である。

女性差別文書で男性社員を解雇 米グーグル 解雇男性は反発

米IT大手グーグルは8日までに、ハイテク業界に女性が少ないのは生まれつき技術職に向いていないのが要因だ、とする社内文書を作成した男性社員を解雇した。文書は社外にも広まり、性差別的として社内外から批判の声が出ていた。欧米メディアが伝えた。

 グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は従業員向けのメールで「われわれの行動規範に違反し、一線を越えている」と批判。ピチャイ氏は夏期休暇を切り上げ、この問題に関する社員集会を開くという。男性社員は解雇に反発しており、訴訟となる可能性がある。

 男性社員は文書で、男女の好みと能力に違いがあるのは「生物学的な理由」と主張し「ハイテク業界と指導者層で、女性が男性と平等な立場を実現できていない理由を説明できるかもしれない」と記していた。(共同)

グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)はこのメモについて、「我々の職場で性別における有害なステレオタイプを促進するような言葉によって(略)我々の特定の同僚が生物学的に職種に適さない傾向があるなどと言うのは無礼でありオッケーではない。」と語った。

デイリーワイヤー誌のベン・シャピーロによると、この”not OK"「オーケーではない」という言い方は暗号で、実は「そとに連れ出し貼り付けにして明け方火あぶりの刑に処せ」というに等しいぐらいの厳しい糾弾である。

このメモの著者はジェイムス・ダモアー(James Damore)という白人男性で、グーグルでエンジニアとして働いていた。ダモアーはグーグル社における右翼保守思想弾圧や、不効率な女性及び少数派への特別扱いについて批判したのであり、女性が男性に比べて劣るなどとは一言も言っていない。特にグーグルに努める女性社員が男性社員に比べて不能だなどとは一切言っていない。

彼はIT系や管理職に女性の数が少ないのは、生物学的な男女差に起因するものがあり、必ずしも女性差別によるものではないと説明した。さらにダモアーは統計的に女性と男性が仕事に求めるものは違うことを示し、グーグルが女性社員を増やしたいなら、女性の入社志望者の基準を下げるのではなく、パートの仕事を増やすなど、女性に魅力ある職場を作ることに努力すべきだと提案したのだ。

男女の賃金の差や管理職における女性の数の少なさについてはアメリカだけでなく、最近は日本のフェミニストからも多く苦情が出ているようだが、完全な男女平等社会であればどんな職種でも男女が半々になるはずだという考えは、男女の差を全く無視した考えから来るものだ。

女性は人間関係の円満さを求める傾向があるので、ストレスが高く競争が激しい分野より和気あいあいな職場を求める。また家庭を優先させるため勤務時間が長い管理職も自ら敬遠する傾向がある。それで必然的に女性の平均賃金はこうした職種に就く男性よりは低くなる。が、もし女性でも家庭をある程度犠牲にしても男性社員との激しい競争に打ち勝てる人は、それなりの地位についている。

カカシは大学は工学部出身だが、機械にしろ電気に建築しろ工学部における女生徒の割合は一割程度だった。しかし女性が理系に向かないのかといえばそれは違って、科学でも化学や生物学および医学系、そしてわが母校が誇る酪農・農業科学などには女生徒が非常に多かった。つまり女性は機械よりも生きたものに興味があるということだ。

大学がこうなので、機械及び電気工学専門の職場であるカカシの職場では必然的に女性エンジニアの数は一割程度。わが社の女性社員は圧倒的に人事課とか総務課の仕事についている。カカシがこの一割のエンジニアに含まれることは言うまでもない。

平均的な女性と平均的な男性の違いを指摘することは決して一個人の女性の能力を軽視するものではない。ダモアーはグーグルから「男女差のステレオタイプを促進している」として解雇されたが、シャピーロ曰く、グーグルの「多様性方針」こそが男女差のステレオタイプに基づいたものだという。

職場の文化を豊かにするためにもっと多くの女性を雇わなければならないという考え方そのものが、女性は男性と違うという思想に基づくものだ。
ザ・ブレーズ誌のマット・ウォルシも、もし男と女が同じなら、女性が特に職場に貢献するものはないはずだと指摘する。

もっと女性社員の数を増やすべきだという考えは、女性が男性と違った特有な才能を持っているからでなければ成り立たない。
女性と男性が全く同じなら職場の男女の比率が同率でないからと言って特に問題はないはずだ。
だがもし、女性には男性とまったく違った特性があると主張するなら、その特性が女性をある種の職場から遠ざけている可能性も考えなければならない。女性には特性があると言っておきながら、その特性が男性とは違うのだと指摘することを差別だと言い張るのはおかしい。女性が男性と同じなら女性は特別ではない。女性が特別なら男性とは違う。どっちなのか?

グーグルは民間企業なのでどんな理由で社員を解雇しようとグーグル社の勝手ではあるが、常に多様な意見の交換を促進していると掲げている同社が、社風の保守派弾圧思想を批判した社員を即解雇したというのは、いかにダモアーの指摘が正しかったかを証明するものだ。これで同社においてダモアーの意見に賛成している社員は口をつぐまざる負えなくなっただろう。

しかし、ダモアーのような賢い男性が、このメモが炎上することに全く気が付かなかったとは思えない。はっきり言ってダモアーは確信犯だと思う。ダモアーはこのメモが社内内部で収まるなどとは考えていなかったはず。このソーシャルメディアの時代、しかもグーグルというネット情報検索エンジンの会社の第一線で働く彼が、自分のメモがソーシャルメディアで拡散されないと考える方がおかしい。そうなればフェミニスト連中が女性蔑視だと言って騒ぎ立て、後退派メディアが歪曲報道をやって、会社に恥をかかせたと怒ったグーグルがダモアー解雇、、となることは最初からわかりきっていたことだ。

ダモアーはグーグルを訴える覚悟があると言っているが、最初からそのつもりでグーグルを挑発したことは明らかだ。グーグルはダモアーが言った通りの反応を示した。実際ダモアーが勝訴する可能性があるかどうかはわからない。だが今後彼はこのことを利用して保守系メディアで活躍できるはずだし、すでに採用の依頼が来ているという話もある。なんにしても今後の彼の人生は結構明るいのかもしれない。
(引用終了)


(要約引用開始)
http://totb.hatenablog.com/
Think outside the box
MAKE JAPAN GREAT AGAIN
2017-08-10
Googleを解雇されたエンジニアの主張はニセ科学か?


(前略)

要するに、こういうことです。
その他
【戦後70年特別企画 遺言 日本の未来へ】【坂本フジヱ】「男と女が同じなら、そらセックスもせん」
男性と女性は本来、全く違うんです。同じようにしたら歪みが出てくるんは当たり前です。

(中略)

進化心理学者のジェフリー・ミラーは極めて肯定的です。

 

(中略)
ずいぶん皮肉な話だが、社会が平等になるほど、先天的な要因が重要になる。だれもが同じ食料を手に入れられる世界では、背丈や体重の遺伝性が高くなる。・・・・・・同様に、だれもが同じ教育を受けられる世界では、最高の仕事は、生得的な才能が最も高い人のものになる。これがつまり、実力社会という言葉の意味するところなのである。*9
教訓:公平な社会では「生まれ」が強調され、不公平な社会では「育ち」が強調される*10

(中略)
仮に数学的才能に男女差がないとしても、興味の差の存在を否定することは困難です。社会の影響を受けていない幼少時から興味の対象に男女差が存在することには強力なエビテンスが積み重なっています。*12
*12:多人数の子供を観察してきたベテランの幼稚園教諭や保育士にとっては常識。

ドリーン・キムラは次のように指摘していますが、男における看護や教育に相当するのが女ではITだとすれば、すべては合理的に説明できます。

***

興味深いのは、女が少ない仕事には土木作業員や配管工、炭鉱夫、自動車修理工、トラック運転手、漁師、さらには金融機関のトレーダーやクォンツなど他にもあるにもかかわらず、なぜかITばかりが男女差別と騒がれることです。このことは、リベラルがITを特別視していることを示唆しますが、これについては分析する価値があるでしょう。

保育や看護、教育に女が多い→無問題
土建や漁師に男が多い→無問題
短距離走は西アフリカ系黒人が強い→無問題
長距離走は東アフリカ系黒人が強い→無問題
アメフトはポリネシア人が多い→無問題
読解力の平均点が女>男→無問題
数学の平均点が男>女→深刻な性差別
ITエンジニアは白人の男が多い→深刻な人種差別・性差別

***

科学よりもイデオロギーを優先した今回の解雇騒動は、地動説を否定したガリレオ裁判のようなものです。リベラルの知的退行が進んでいます。
(後略)
http://totb.hatenablog.com/entry/2017/08/07/220158

Think outside the box
MAKE JAPAN GREAT AGAIN
2017-08-07
Google社員の多様性イデオロギー批判

(前略)

子育ては他の類人猿や霊長類でも雌の役割なので、男女構成比の違いは生まれつきの性差の反映と考えるのが自然です。ならば、テクノロジー業界の男女構成比が生まれつきの性差によるものであっても何の不思議もありません。

花形のテクノロジー業界に女が少ないと「女を増やせ」と騒ぐが、「保育士の半数を男にしろ」「土木作業員の半数を女にしろ」「労災死の半数が女になるまで平等化を進めろ」とは騒がないことに、リベラルの欺瞞が表れています。男がやってきた危険な汚れ仕事を引き受ける気はさらさらないが、勝ち組男のポジションの半分は女に譲れという異常な欲深さが現代フェミニズムの本質です。

(後略)


(要約引用終了)

1708-8-1316-8/12メルマガブログ転送徳島阿波踊り

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阿波踊り2016 総集編 Awaodori Festival in Tokushima, Japan
https://www.youtube.com/watch?v=eSyw9PzGRwg
阿波踊り前夜祭(何年か分の良い場面だけを凝縮しました
(見出し)

(私のコメント)
行ってみると分かるが、徳島はかなり豊かなところだ。
徳島名物阿波おどりはそういう豊かさの賜物だ。
徳島が豊かだ、という理由は京都や大阪の向かい側にあって、それらの消費需要に答えられるからだ。
船で物資を送れる側にあるからゆたかなのだ。
経済を見るとき、重要なのは、供給能力より需要だ。
物資が右に動いた時、必ずカネが左に動いている。
需要の反対側にカネが動くのだ。
当たり前の話だが、これを押さえておくと経済が分かりやすい。
落語の郭話(くるわばなし)吉原遊郭のネタでは野田の醬油問屋の若旦那、野暮な田舎言葉のお大人が出てくる。
彼らは今の千葉県や茨城県の供給側の金持ちで、案外もてている。
これと同じ立場なのが徳島県というわけだ。
それで、経済力があるから夏の数晩を踊って過ごせる、というわけだ。
尚、余談だが野田のお大人は吉原で散財するが、これは経済的に正しい行為だ。
カネというのは物資の動きの借用証書だから都会で使って都会にかえさないといけない。
左から右に動いたものを右から左に動かして借用証書を戻してやる必要があるのだ。
そうしないと需要側にカネが無くなってしまい、結果的に供給側もこまるからだ。
今の日本で言えば国民特に若い人の実質賃金が下がっている。
この国民が都会の吉原で、野田のお大人が遊んでくれない状況です。
では野田のお大人は誰か、それは供給側の大企業であり、政府でもある。
大企業と政府が国民に対しカネを使わないと全体が干上がってしまうということです。
余談が長くなるので、又別の時にしますが、カネとモノの逆の動きは経済を知るうえで重要ということです。

(私のコメント終)

 

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世界のニュース トトメス5世
2017年08月02日08:47


(見出し)
醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?

 

(私のコメント)
日本人は感じていないけれど、アメリカ人の日本人に対する憎しみというのは相当なものだ。
戦後のアメリカ人は日本と戦った軍人の中に戦争後遺症で精神病に悩まされる人も多かった。
日本兵が突然襲ってくる幻覚で恐怖に襲われて普通の生活が出来なくなるのだ。
日本ではそんな人はあまり居なかったし話題にもなっていない。
やはりどことなく後ろめたい感覚がアメリカ人側にあったのかもしれない。
アメリカ人にとっても、なぜ日本と戦争するのか、今一つ腑に落ちないところがあったのかもしれない。
そして、その分だけ日本人悪者、日本人悪魔説のプロパガンダが強く流布させたのだ。
戦争指導者側からすれば、敵愾心を煽らなければ自分たちの正当性が危うくなるから、徹底的にそれを刷り込んだのだ。
戦後は「軍部が悪かった、日本人は騙されていたので悪くない」と摩り替えたが、それでも憎しみは残った。
ドイツも「ナチスヒットラーが悪くてドイツ国民は悪くない」なんて冗談みたいな話でごまかす。
戦後の日本に対する洗脳工作は厳しく行われたが、その洗脳工作は日本人によって行われたからアメリカは手を汚さない。
何万冊という本が焼却されて、戦争前夜の日本の事情など分からないようにしたり、新聞の検閲や手紙の検閲など何年も行った。
憲法も占領政策だし、その憲法によって軍事はアメリカに完全に抑えられているから、今の日本は国家とは言えない代物なのだ。
新聞テレビは占領政策で反日分子が配置され、愛国的なものは今でも徹底的に排除される。
官僚はアメリカに留学させられ、そういう人間が出世するようになっている。
極め付けが、アメリカの工作で皇太子が結婚したのが、アメリカと戦前から関係に深い小麦粉輸入会社である日清製粉の娘だったことだ。
今の皇后であるミチコ(カトリック?)で、その為マスゴミは背景が同じサヨクだから皇室記事は礼賛記事ばかりだ。
今は皇室を批判すると戦前並みにサヨクマスゴミから不敬だと非難される。
サヨクの人間ほど「承詔必謹」などという。
そして、今や彼女は皇室の新しい「三種の神器」の一つになっている。
三種の神器とは天皇天皇である根拠として代々受け継いできたものだが、これからは彼女がそれに代わるのだろう。
今の天皇は過去の日本が受け継いできた天皇ではなく、アメリカが権威を保障した初代天皇なのだ。
その振り付け役がカトリック?ミチコになるのだろう。
周りには赤い皇族として有名な三笠宮とか韓国寄りの高円宮とかが新しい藩屏として控えている。
昔の臣籍降下した潜在的な継承権のある宮家などは絶対に近寄らせないし、逆に彼らも近寄りたくないだろう。
このブログ記事では「美しくない戦後」とあるが、皇室を始め益々醜くなる現在の日本が亡国崩壊に向かって進んでいるように見える。
天皇退位など馬鹿げたことを平気でやるし、憲法違反の疑いを置いといて憲法を守る、などという。
天皇になる二代目は皇祖皇宗などというものは言葉さえ知らないだろうし、意味も分からないのではないか。
彼からこの言葉を聞いたことはない。
せいぜい、彼に出来るのは御用邸の静養ぐらいだ。
彼らからすれば、御用邸は自己の財産でどう使おうと大きなお世話、ということになる。
本当は国有財産なのだが、そこはミチコに次ぐ権威として、権利は主張し義務は逃げるソウカ?マサコが二代目に控えている。
彼らはタイのぼんくら国王と同じで、恐らく、皇室財産の切り分け作業を画策するだろう。
天皇止めても食ってゆけるだけの財産があれば、天皇や皇室なんて邪魔で早く放り出したいのが本音かもしれない。
秋篠の娘もどこぞの馬の骨とつるんで国有財産を食い物にしたいらしい。
散々悪口書いたから、「差別じゃー」と人権委員会が逮捕しに来るかもしれない。

(私のコメント終)


(引用開始)


(見出し)
醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?

アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。

 

経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg

 

美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。

 

 

(引用終了)

1708-5-1313-8/11メルマガブログ転送日米戦争理由勝算

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世界のニュース トトメス5世


(見出し)
2017年07月12日17:25
第二次大戦で日本が勝つ方法はあったか?

(私のコメント)
下記のブログは日米戦争について、おおむね正しい記述になっている。
だが、あいまいな部分も多いので私の見解も加えてみる。
すでに、戦前の日本人と戦後の日本人は洗脳教育や負けたトラウマで別民族になっているから、今となっては分かりにくい。
特に、心情的なことは分から無くなってしまっている。
まず、最初の「日本がアメリカと戦争をした理由」だが、下記のブログでは「戦争する理由はない」
「強いて言えば恨みを晴らすこと」と言っている。
「恨みを晴らす」については補足の説明が必要だろう。

戦争した理由については「昭和天皇独白録」の御指摘が正しい。
引用すると、
「…黄白の差別感は依然残存し、加州(カリフォルニア州)移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。…」
アメリカの日本人移民差別排斥はひどいもので、それが繰り返されたからアメリカに対する憤懣は、プライド高い日本人の中に溜まっていたのだ。
それと、差別については、ビルマミャンマー)やフィリピンの植民地化は明治維新後で、アジア諸国の民が白人によって差別支配されてゆくのを目の当たりにしていたのだ。
そういう理不尽さに対する怒りは、今の日本人は別民族になっているから分からないのだ。
おまけに、当時の日本人の心情は今の日本人とは別のもので、「西郷隆盛忠臣蔵源義経」が大好き、という心情だったのだ。
今は何度もいうが、別民族だからこの三英雄を理解できないし、賞賛しない人ばかりになっている。
ここが今の人には分からないし、知らないのだ。
だが、本当の日本人はこの三者が大好きだった。
三者に共通するのは大きな時の権力に向かって大儀に基き立ち上がり、そして散っていった人々ばかりだ。
こういう民族特性を持った日本人が散々理屈に合わないいじめに会ったら相手がいかに強くとも立ち上がるのは当然の成り行きなのだ。
そして、私は戦後の日本人が急速に洗脳教育され、平和主義になったのは「溜飲が下がった」からだ、と思っている。

岩田温著「だから日本人は戦争を選んだ」によれば、戦争原因については次のような諸説がある。
*植民地支配侵略戦争説(村山富市首相談話)
*中国への侵略戦争説(日本共産党見解)
*「軍部の奴らが金持ちに操られ武力で資源を取るために勝手に戦争を始め、わしらを巻き込んだ」説(はだしのゲン
*ルーズベルト陰謀説(フーバー回顧録)
*コミンテルン陰謀説(近衛上奏文)
*暴発説(司馬遼太郎史観)
これら諸説はいずれも一片の真実を含んでおり、否定されるものではない。
それらが複雑に絡み合っていると見た方が良いだろう。
ただし、一般にサヨクの見解は現在から過去を裁いているので排除すべきだろう。
当時の国民の大部分は戦争を肯定し、協力したのだから、そこを原点に考えるべきなのだ。


「負けずに済んだ筈の戦争」は、やり方によっては十分に勝ち目のある戦争だった。
林千勝著「日米開戦陸軍の勝算」によれば当時の陸軍の戦争計画は合理性と科学性があった。
今の日本の一般通説である
「陸軍を中心とした軍部が暴走して何の勝算もない無謀なせんそうをした」というのは全く違う。
この本の解説始めると長くなるので省略するが、その計画とは「アメリカと直接対決せず、インド洋を制圧する」というものだ。
ブログの記事と合わせて考えると、勝てないまでも負けなかったはずだ。
これをぶち壊したのが亡国将軍山本五十六連合艦隊司令長官だった。
但し、この山本五十六真珠湾攻撃は日本人が「溜飲を下げる」ためには非合理なものだったが必要だった、と言える。
日本人から背中を押された山本五十六も弁解の余地はあるだろう。
本人も、海軍は国家予算を散々使っていたから派手にやりたかったのだろう。
まあ、ここまでくると、誰が悪いなんて言えなくなって日本人の運命論になってしまう。

 

 


(私のコメント終)


(引用開始)


(見出し)
合理的に考えればアメリカを攻撃する理由はないが、戦争は合理的には行われない

 

日本がアメリカと戦争をした理由

現在北朝鮮情勢を巡って戦争が近づきつつあるとか、日本が巻き込まれるのでは無いかという議論が活発になっています。

この辺で第二次世界大戦を振り返り、日本が戦争に巻き込まれずに済んだり、勝つ可能性があったのか考えるのも無益ではない。

一般的に第二次大戦は日本にとって無謀であり、日本が勝つ可能性は1%も無いと考えられているが、これは正しくない。
なぜなら1941年12月まで、アメリカは戦争参加の準備ができておらず、国民のほとんどは参戦反対だったからです。

日本軍の真珠湾攻撃によって愛国心が高まり、アメリカ国民が一丸となって戦争に突入した逸話は、よく知られています。

逆に言えば日本軍が真珠湾を攻撃しなければ、その後も長くアメリカの世論は反戦のままであり、参戦しない確率のほうが高い。


日本の同盟国のドイツの状況はというと、アメリカと戦争をしたら負けてしまうので、アメリカ軍艦から逃げ回り、戦争の口実を与えないようにしていた。

つまりアメリカ、ドイツ共に戦いたくないと思っているのに、日本軍が真珠湾を攻撃したため、両国は戦争せざるを得なくなりました。

では日本軍はいったい何故真珠湾を攻撃したかというと、実は今日まで合理的な説明がされていません。


日本は禁輸措置を受けていて石油が欲しかったのだが、石油は東南アジアにあり、産油国は英仏蘭などの植民地でした。

日本軍は英仏蘭とだけ戦争をして石油を頂けば良かったのであり、アメリカと戦争をする理由は有りませんでした。

強いて日本がアメリカと戦争をしなくてはならない理由としては、禁輸措置や戦争犯罪でっち上げの「恨みを晴らす」事くらいでした。

 

負けずに済んだ筈の戦争

日中戦争の侵略行為が教科書に載っていたと思いますが、中国軍が自国民に行った行為が、日本軍がやった事になっています。

大戦前のアメリカは中華民国と協力し、日本軍の犯罪をでっち上げては経済制裁を連発していました。

これで日本経済は日干しのように干上がって、たまりかねて戦争に突入しましたが、先ほど書いたようにアメリカと戦争をする理由はありません。


日本軍はマレー半島インドネシアなど英仏蘭だけを叩いて資源を頂く事もできたが、同時に真珠湾を攻撃してアメリカと開戦しました。

日本軍が真珠湾を攻撃しなくても、結局アメリカは対日参戦した筈だという意見があり、その通りだと思いますが、アメリカは民主主義なので国民が反対していたら出来ません。

一方の日本は軍が議会を支配する軍国主義だったので、アメリカの民主主義を理解できなかったとも説明されています。


もし日本が真珠湾を攻撃せず、アメリカとは戦わない政策を取ったらルーズベルトは困ってしまい、少なくとも1年か2年は対日参戦が遅れたでしょう。

1941年から2年の日本軍は無敵と言えるほど強く、あっという間に東南アジアの英仏蘭を駆逐してしまい、することが無くなってインドやオーストラリアまで遠征していました。

これを見ると1年もアメリカの参戦が遅れたら、東南アジアの連合軍は壊滅し、欧州もイギリスを除いてドイツが占領しているので、英米以外はゲームオーバーになります。


日独は最後に残ったアメリカを両側から挟み撃ちにでき、かなり有利になります。

別なシナリオとして考えられるのは、日本が経済制裁を我慢して耐え抜いた場合で、4年間耐えるとアメリカは原子爆弾を開発しています。

続いてソ連や中国も原爆開発に成功しているので、日独も1950年頃には原爆開発に成功した可能性が高いです。

 

合理性を欠いた日独の開戦判断

アメリカは「核保有国とは絶対に戦争をしない」行動原理をもっているので、日独が制裁を10年ほど我慢して耐えていれば、両国は核保有国になり現在も存続していた可能性が高い。

アメリカは中国やロシアへの政策を見れば分かるように、敵対していた国とも時間が経つと和解したり経済協力しています。

日独が存続していた場合には、同様にいずれ経済制裁が解除され、現在の中ロのように和解していただろうと推測できる。


もう10年我慢していたら、あるいはアメリカとの戦争を避けていたら、日本は「負けずに済んだ」可能性が高いと考えます。

1941年6月22日に実施されたドイツの対ソ連侵攻もまったくの謎で、ソ連を連合軍側で参戦させる事に利点を見出せない。

ドイツのソ連侵攻と日本の真珠湾攻撃で「米英ソ」がチームになってしまい、日独伊に対する優位が決定的になった。


もしドイツがソ連を攻撃せず、日本が真珠湾を攻撃しなかったら、この組み合わせは確定ではなく、「ソ連不参戦」「米も暫く不参戦」の可能性が高い。

現実にはドイツは独裁者で意思疎通が出来ず、日本軍はアメリカへの恨みを晴らすのを国益より優先した。

この辺の非合理性に本当の敗因が求められそうです。

 

(引用終了)

 

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(見出し)
キレそうになったら受け流す。海上自衛官南極観測船「しらせ」で学んだ、仕事に潰されないためのコツ
海上自衛官南極観測船「しらせ」で学んだ きつい仕事に潰されない人のルール 単行本 – 2017/6/30

(私のコメント)
会社などの人の集団の中に居ると、どうしても意見の相違など軋轢がある。
その時、自分を傷つけたり損したりせずにそういう軋轢やストレスをどうやって乗り越えて行くか。
世の中は仲良しクラブではなく、いろいろなタイプの人が集まっているし、人を選べない。
こういう世間で世渡りして行くノウハウは検討研究しておく必要があるだろう。
下記の書評では、「受け流す」ことがよい、と言っている。
例えば、犬に吠え付かれるときがある。
お遍路や街道歩きなどしているときはよく犬に吠えられる。
あれって気分が悪いけど、だからと言って構っていられないから黙って通り過ぎるだけだし、それが最良の解決方法だ。
俺様に吠え付くなんてとんでもない、などとプライドをもって対等にやり合う、なんてやっていたらバカバカしい。
あるいは子供にバカにされたり、妙に絡まれたりすることがある。
子供でなくても他人と喧嘩になることは、よくあることだ。
そういう時は勝ち負けにこだわらず、「受け流してしまう」というのも一つの手だ。
感情的にカッカとしても「まあ、いいか」と水に流して早く正常に戻った方が自分も楽だ。
笑って受け流せればもっといい。ニヤニヤ、へらへら、せせら笑い、いろいろある。

人との軋轢でストレスとなった時、「ああ自分は今こういう状態にあってこういう感情の元にあるんだな」と客観的に見る事も必要だ。
人の心は無意識野が8割意識野が2割で、喧嘩などをすると、8割の無意識野が暴走気味に動き出すことがある。
なぜそうなるか、というと無意識野の考え方は何万年前から遺伝子に組み込まれた自己保存行動が基準だからだ。
つまり、簡単にいえば、喧嘩して自己保存本能を刺激されると、生き延びようとしてジタバタするわけだ。
あるいは攻撃本能を発揮しようと遺伝子生存本能が立ち向かおうとする。
これはこれでよいのだが、そんなに毎度やっていては疲れてしまう。
だから、意識野から無意識野に向かって極端に言えば、「大丈夫、命には別条ないよ」と言って聞かせれば落ち着くのだ。
「命に別条ない」はいい方が大袈裟だが、「まあ、いいか」という受け流しの術の中身はこんなメカニズムではないか。
余談だが、気が小さいとか怖がりとかいうのは、「生きようとする力、願望」が人一倍強い人のことになるだろう。
そういうことなら、それを少し中立的な判断で生きていけるように工夫すればよいので、昔の人はそれを修行と心得たんだろうと思う。
それでいて、人は怪談話など怖いことも案外好きなんだからおもしろい。
余談の余談だが、「地獄はどんなところか」は絵になっているが、「極楽はどんなところか」という絵はない。
(但し、極楽浄土では仏さんがぼんやり座っている、というのはある)

 

(私のコメント終)


(引用開始)
『海上自衛官南極観測船「しらせ」で学んだ きつい仕事に潰されない人のルール』(泊 太郎著、秀和システム)の著者は、海上自衛隊に勤務していた経歴の持ち主。2014年には南極地域観測協力行動に抜擢され、「砕氷艦しらせ」に乗り込んだことがあるのだそうです。同年度は142日、翌年度は151日間にわたり艦上生活を送ったというのですから、ハードワークが容易に想像できます。
(中略)
当然のことながら、一度出港してしまえば海の上で孤立無援。南極という極地での航海には大きな困難が伴い、上官の命令に逆らうことも許されません。そればかりか娯楽は限られ、食事のメニューすら自由に選ぶことは不可能。しかも南極滞在期間も含めると、往復で約5ヶ月。どう考えても過酷な環境なのです。

にもかかわらず、なぜ著者はそんな南極行動を2度も乗り切ることができたのでしょうか? それは「しらせ」に、キツい仕事に潰されないためのさまざまな知恵が蓄えられていたから。具体的には、「いかに手を抜くか」「いかに上司や同僚とつきあうか」「いかに楽しむか」などの考え方が重要な意味を持っていたというのです。

それらは、ビジネスパーソンの日常にも応用できるものばかり。そこで本書において著者は、「しらせ」で学んだ知恵をまとめているわけです。きょうはそのなかから、第1章「5ヶ月間閉じ込められて学んだ『ストレス』に負けないルール」をご紹介したいと思います。


(中略)

キレそうになったら受け流す

ストレスの対処法として、著者は3つの方法を組み合わせることが有効だと説いています。
1つ目は、「ストレスから逃げる」こと。たとえば、先の「逃げ場を確保する」がそれにあたるわけです。
2つ目は、工夫したり笑いを有効活用したりして「ストレスを発散させる」こと。そして3つ目が、「ストレスを受け流す」こと。

ここで引き合いに出されているのが、著者の先輩の言葉。話のネタがストレスや怒りになったとき、その先輩から「キレそうになったときは、
『まっ、いいか』と流すことが大事なんだよ」といわれたというのです。
ストレスに対処する方法は発散しかないと思っていた著者にとって、この考え方はとても新鮮だったそうです。

そしてその後、後輩がミスをして怒りがこみ上げてきたとき、
後輩を本気で怒鳴りつけようか迷いつつも「まっ、いいか、もうどうしようもならねえんだから仕方ねーよ」と口にしてみたところ、
思いもかけず気持ちがスッとしたのだといいます。
そして結果的に、その後輩は積極的に仕事などの手助けをしてくれるようになり、非常に助かったそうです。

「ストレスを受け流す」といっても、それは「ストレスを感じても、それを無視して感じないふりをする」という意味ではないと著者は主張しています。それだと「ストレスを我慢して抑え込む」ということになってしまうので、無理が生じても当然だということ。普通の人間は、自分の感情に逆らうことはできないものなので、それを無理して抑え込もうとしても、結局はその我慢のツケが自分自身に返ってきて、より大きなストレスになってしまうだけ。

だからこそ、まずは感じたままのことを受け入れる姿勢が必要だというのです。いきなりおおらかな気持ちになれなかったとしても問題なし。
感情のままに怒鳴り散らすのは問題だとしても、「まったくもう」「ったく、なんなんだよ」と、
感情をうまく吐き出すことが大切だという考え方です。

ただし、そこで終わってしまった場合、自分がスッキリできたとしても、相手にストレスを感じさせてしまう可能性があります。
だとすればそのこと自体が、自分にとっての新しいストレスになってしまうかもしれません。
そこで、「まっ、いいか」という言葉と一緒に水に流すことが大切だというのです。(43ページより)

海上自衛官というハードな職務を経験してきた人物であるだけに、著者の言葉には大きな説得力があります。
しかし決して堅苦しくなく、適度に肩の力が抜けているだけあって、気負わずに読み進めることができるはず。
日常の仕事でストレスを感じている人は、本書から多くの気づきを得ることができそうです。

 

(引用終了)

 

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井上達夫×モーリー「護憲派憲法の涙」…リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください
国際政治ch
国際政治ch
2016/06/18 に公開

(見出し)


(私のコメント)
この人はリベラルサヨクに分類されている人のようだが、大変面白い内容なので是非見てほしい。
法哲学者らしく、原点に立って議論を進めるから、話が分かりやすい。
分かりにくい話は大概嘘やごまかしだから、分からないことを言う人が居たらさっさと退室した方が良い。
この人の憲法論は自衛隊違憲だ、という原点からぶれないから右でも左でも勝てないだろう。
また、この教授は「物の道理」「お天道様が見ている」というような、人の営みの外から見ているものがある、という考えを認めているように見える。
それがこの人の哲学が探求する正義と言えるものだろうが、それが何だかは分からない。
あるいは宗教や神に行き着くかもしれない。
人にはよくわからないものだから、ああでもないこうでもない、と近くににじり寄るか、直観的にこれだ、と分かるしかない。
更に、この映像のようにある基準からスパッと切り分けて捕まえるしかない。
正義も宗教も多神教だから沢山ある関係で、このようにスパッとやられると困る人は沢山出るだろう。
その結果、この人は誰からも嫌われるだろう。
でも、この議論は大変面白いから、一見をお勧めします。

(私のコメント終)

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よもぎねこです♪

(見出し)
2017-07-19 13:45
歴史から見る日本とイスラム

(私のコメント)
一神教というのは多民族を殲滅したり、奴隷化するには非常に都合がいい宗教だ。
現在の世界はユダヤ教を源流とするキリスト教イスラム教で占められているが、当然の結果なのだろう。
その宗教を信じる人以外は人として認められない、というか、殺されても文句は言えない、ということになる。
日本人も多神教で呑気に構えていると、ひどい目に合う。
このブログ記事はイスラムについて考えるのにとても勉強になったので、紹介します。


(私のコメント終)


(引用開始)


(見出し)

歴史から見る日本とイスラム
 カカシさんの所へこんなコメントをしている方がいました。

>アラブ人というよりイスラム教徒とは日本は明治の頃から仲良くしていた。イスラム教やコーランに関する訳書や著書も結構あったと聞く。
日本文化は欧米文化とは、似てはいるが、ほかの神の存在を許さないキリスト教ではなくあらゆる神の並列した存在を許容する思想を根幹としているという点で根本的に違う。
見かけ上はかなり欧米化されているとは言っても実際には欧米の文化と日本文化とは異質なものである。
このような点から日本におけるイスラムの許容はかなり穏やかなものであった。

現在のイスラム諸国の様相を作り出したのはキリスト教国家であることを忘れては困る。

 

 これって日本の右派が伝統的に持ってきた典型的なイスラム観です。

 大アジア主義の流れを汲む日本右派のイスラム観をあんまり見事に表しているので、チョッと借りてきました。
 こういうイスラム観ができた理由は、明治に遡ります。

 

 1908年、一人のイスラム教徒が敦賀港に降り立ちました。

 

 このイスラム教徒アブデュルレシト・イブラヒムはロシア国籍のタタール人でイスラム教のウラマー(教導師)でした。

 

 当時、ロシア国内のイスラム教徒の間では、ロシア政府の強硬なイスラム政策に対する不満が高まり、これに対する弾圧もまた強まりました。

 

 イブラヒムもまたこうした状況下でロシア脱出を余儀なくされてたのです。 

 

 彼はこれを期に大旅行を行うのですが、その時彼の心を最もひきつけたのは日露戦争でロシアに勝利した日本でした。


 ロシアはそもそも建国以前からイスラム教徒とは対立していた歴史があります。

 

 ロシアの建国は10世紀末のキエフ大公のキリスト教化を起源とするのですが、それ以前から周辺のイスラム化した遊牧民の侵攻を防ぐ事が国家最大の課題でした。

 

 そしてモンゴルが世界を征服した頃、ロシアもイスラム化したモンゴルに征服支配されました。 このモンゴルの支配を受けた13~15世紀の間をロシア人は「タタールのくびき」と呼び、ロシア史上最大の屈辱と捉えています。

 

 しかしロシアがタタールのくびきから逃れ、ロマノフ家による中央集権体制を確立し以降、ロシアとイスラムの力関係は、徐々にロシア優位に変わって行きます。

 

 そして18世紀、ロシアが近代的な軍隊を持つようになって以降は、ロシア側から積極的に周辺のイスラム地域に侵攻し支配するようになりました。

当然ですがイブラヒム等、ロシアのイスラム教徒達は、このようなロシア政府に反発し強烈に憎悪しました。

 そしてロシアからの独立を要求する運動を始めたのです。

 

 ロシア政府は勿論こうしたイスラム教徒を厳しく弾圧したのです。

 

 また同時期、イギリスやフランスなどのヨーロッパ列強は、中東や北アフリカなどのイスラム地域の植民地化を着々と進行していました。

 

 ここでもイスラム教徒達はヨーロッパ人に反感を募らせて抵抗するのですが、近代国家を持たない彼等にはどうする事もできませんでした。

 

 どんな事をしても白人には勝てない・・・・・・。

 

 彼等はこうした無力感に苛まれるようになりました。
しかし突然、奇跡が起きたのです。

 

 日露戦争、日本勝利

 

 白人の大国ロシアがアジアの小国に負けた!!

 アジア人が白人に勝った!!

 白人は無敵ではなかった!!

 アジア人でも白人に勝てる!!

 

 イスラム諸国で日本への期待と憧れが爆発しました。

 

 だからエジプト人の詩人が日本の少女を称える詩を書いたり(実はこの詩人は日本人なんか見た事もなかったけれど)、トルコ人が息子をノギやオオヤマやトーゴーと名付けたりしました。

アブデュルレシト・イブラヒムもまた、このような感動の中で日本を訪問しました。

 

 そして日本に半年程滞在して、後にその時の体験記「ジャポンヤ」を出版しました。 

 

 元々こういう感動状態で日本を訪問した事もあるせいか、このジャンポンヤで描かれる日本はホントに素晴らしい、明治日本の理想図そのモノです。

 

 彼は日本滞在中、伊藤博文始め多くの政府要人から、一般庶民まで多くの日本人と交際し、また工場や学校から刑務所まで幅広く見学して、実に積極的日本を知ろうと努力しました。

 

 日本人の体格が貧相なのは、日本女性の乳房が小さいからだなんてトンチンカンな話も書いていますが、しかし全体から言えば大変合理的で正しい日本理解をしています。

 

 そして日本社会の秩序の正しさ、清廉さ、能率の良さ、教育レベルの高さに驚きます。

 

 また日本人の清潔さ、正直さ、勤勉さに感動しています。 

 

 そこで彼は考えたのです。

 

 「日本人をイスラム教化できる。 日本人こそイスラム化するのに最も相応しい民族だ。 日本人をイスラム化しなければならない。」と・・・・・。
??

 なんか聞いた事がありますね?

 以前にも同じ事考えた人がいましたよね?

 

 ハイ、この人です。
聖フランシスコ・ザビエルもまた日本で布教をしたとき、「日本人は勤勉で正直で知的だから、キリスト教化できる。 だからキリスト教化しなければならない。」と考えたのです。

 

 か、勝手な事を言うな!!

 

 一神教の狂信者は皆同じですね。

 キリスト教イスラム教なんか信じなくても、人は正直で勤勉であり、清潔で美しい国を作れるのなら、論理的にはそんな宗教は必要はないと言う事になります。

 

 イブラヒムに至っては自身の知るイスラム諸国の何処よりも、日本が優れていると思ったのですから、日本の宗教の方がイスラム教より優れていると言えるはずです。

 

 しかし一神教の狂信者は絶対にそういう結論は出せないようです。
ともあれこのようなイブラヒムに対して、日本人は極めて寛大に対応しました。

 

 特にアジア諸国が団結してヨーロッパと対決すべきと言う大アジア主義者達がイブラヒムを持ち上げました。

 

 そしてイブラヒムの訪日が契機になって、日本でのイスラム研究が始まりました。 またイスラムに改宗しメッカに巡礼する日本人も生まれました。

 

 一方このイブラヒムの著書「ジャポンヤ」は、イスラム世界で広く読まれて、ここに描かれた日本が、後にイスラム世界での日本観の基本になっていきました。

 

 イスラム世界のインテリは皆アラビア語ができますから、アラビア語で出版された本は、そのまま全イスラム世界で読まれるのです。

つまり最初に紹介したカカシさんの所へのコメントは、当にこの明治に生まれた日本の大アジア主義者のイスラムのイメージそのままなのです。

 

 実は現在に至っても、この明治のイスラム観をアップデートしてない人は大変多いのです。

 

 一方イスラム世界にもまだこのイブラヒムの作った日本観をアップデイトしてない人達もいるようです。

 

 なぜなら日本とイスラム世界の交流は近年まで非常に希薄で、敵対する事はなかった替りに、関係が親密化する事も全くなかったからです。

 

 関係が希薄だから敵対する理由が生まれないのです。 

 

 滅多に会う事のない相手なら、初対面の時の印象だけが残り続けるのと同じです。

 しかしこれはつまり、初対面以降相手への理解が一切深まっていないと言う話です。

ではこの麗しい日本のイスラム観、イスラムの日本観は、今後も守り続ける事ができるでしょうか?

 

 ワタシはこれは根源的に無理だと思います。

 

>日本文化は欧米文化とは、似てはいるが、ほかの神の存在を許さないキリスト教ではなくあらゆる神の並列した存在を許容する思想を根幹としているという点で根本的に違う。
>見かけ上はかなり欧米化されているとは言っても実際には欧米の文化と日本文化とは異質なものである。
このような点から日本におけるイスラムの許容はかなり穏やかなものであった。

 

 と言うのは全く事実ですが、しかしイブラヒムの意図を見ても明らかですが、日本がいくらイスラムを許容しても、イスラム側には日本の宗教を許容する意思は全くないからです。
日本は普通にイスラムの神アッラーの存在は認めますが、しかしイスラムは日本の神々を認める意思はありません。

 異教の神を認めたら、イスラムを全否定してしまいますから、絶対に認める事はできないのです。

 

 それどころかコーランには「多神教徒は見つけ次第殺せ!」とまで明記されているのです。

 

 それにしても「見つけ次第殺せ!」って凄すぎますよね? でもこれはムハンマドの言葉です。 そしてイスラム教ではムハンマドの言葉=神の言葉ですから、これは絶対に否定できません。

 

 イスラム原理主義が進行している事を考えると、イスラムが日本に牙を剥くのは時間の問題でしょう。

 実際、バングラディッシュのテロなどではすでに日本人が犠牲になっています。

 

 そして池内恵などは、これについて「日本の援助の仕方が悪いから現地の人の反感を買ったなんて議論は全く非論理的。 このテロは原因はイスラムにある。 だからどんな援助をしようと日本人はテロの対象になる。」と明言しているのです。

では現在の現実の日本のイスラム教徒達は、日本でどのように振る舞っているのでしょうか?

 

 日本のイスラム教徒の行動で一番わかりやすいのが富山コーラン事件です。

 

 富山県で在日パキスタン人の中古車販売店の近所に切り刻まれたコーランが捨てられていたことから、在日パキスタン人を中心にイスラム教徒が集まって騒乱状態になったのです。

 

 これについてこういう事を書いているブロガーがいます。

 

 在日パキスタン人は、このコーラン破棄を奇貨として、それを最大限に利用し、自分達への同情を集め、自分達の商業的利益の擁護と拡大を図り、日本国民を恫喝(筑波大学助教授殺人事件-後述)しているのである。あろうことか、よその国に来て、イスラム教徒であることをあたかも特権のようにふりかざし、イスラム教徒の立場を守れと主張している。思い上がりもはなはだしい。

 

 イスラム教徒は、自分達の宗教的不寛容さに気がついていない。むしろそれを棚に上げて、異教徒の寛容さにつけ込んで勢力を拡大してきた。今もし、反対に、日本人がカラチで鳥居を立てたり、仏像を作ったりしたらどういうことになるか。在留日本人が寺社の建設を求めてイスラマバードでデモをしたら、いったい、どういうことになるか。

 

 全くその通りです。

一方だけが幾ら寛容になっても、もう一方が完全に不寛容であれば、寛容を示した側が追い込まれるだけなのです。

 

 ところが大アジア主義イスラム観をアップデートできない人々は、これを理解していないのです。

 そもそも彼等は実はイスラム教の教理などには一切関心はないのです。 これってイスラム教徒からすれば神への冒涜そのモノなのですが、彼等はそんなことは夢にも考えていません。

 

 彼等に限らず「寛容」を振り回す人々は、そもそも自分達が寛容であることへの自己満足に浸るばかりで、相手を見て理解しようとしないのです。

 

 しかし本当に相手を見手理解しようと言う努力を放棄した上で示す寛容が本当の寛容と言えるのでしょうか?

 

 勝手に相手を善人と盲信しての寛容なんて、結婚詐欺師の言葉を信じて金を貢ぐのと同じではありませんか?

 これを本当の愛情と言えますか?

そして日本人のイスラムへのシンパシーの根源は実は、欧米への敵意でしょう。

 最初に紹介したコメントでもこう述べられています。

 

>現在のイスラム諸国の様相を作り出したのはキリスト教国家であることを忘れては困る。

 

 しかしこれホントですか?

 

 この手の発想をする人が良く持ち出すのは、サイクス・ピコ条約です。 つまり第一次大戦オスマントルコ帝国が崩壊した時、現在のシリア・ヨルダン・イラク等の国境を、フランス・イギリス・ロシアなどが、民族や宗教に関係なく自分達の利権確保の為だけを考えて引いた事が、この地域の混乱の原因だと言う説です。

 

 ええ、ヨーロッパ諸国が、確かにサイクス・ピコ条約で勝手にオスマン帝国を解体して分け取りした事は、事実です。

 

 サイクス・ピコ条約だけではなく、アフリカ諸国の直線で引かれた国境なども、当にヨーロッパの植民地主義の遺物です。
でもそれならそう言う人々に聞きたいけれど、例えば中東にどういう風に国境線を引いたら、民族問題が起きないのでしょうか?

 

 この地域はチグリス・ユーフラテス文明発祥の地を含み、人類で最も古い歴史を持つ地域です。

  

 しかしこの地域の歴史を見る限り、紀元前3000年まで遡っても、一つの民族だけが一つの地域を占めると言う安定した民族国家が存在した事はありません。

 

 多数の民族が入り混じり蝟集して住み、それを時々アレキサンドロス大王、古代ローマ帝国、十字軍やモンゴルやトルコような侵略者が掻きまわし、更に民族構成を複雑化すると言う歴史しかないのです。

 

 それを思えば近代になってのヨーロッパの侵攻も、こういう歴史の一部でしかなく、それで中東問題の全てが生まれたような発想は全くナンセンスなのです。

 

 これはアフリカ諸国も同様です。

 ついでに言えば黒人奴隷狩りとか、十字軍のような宗教戦争とか、侵略戦争とか、白人の悪徳のように言われる事って、実はイスラム側も白人以上に熱心にやっています。

 

 そもそもイスラム世界が広がった最大の原因は、イスラム教成立以降にサラセン帝国が行ったジハード、つまり異教徒の征服戦争によるのです。

 

 ISISの目標はこのサラセン帝国の復活でした。

 

 彼等がやった異教徒の奴隷化なんて、サラセン帝国建国以降イスラム教徒が普通にやり続けてきた事で、イスラム教の教理には全く反しません。

 

 その奴隷制はヨーロッパの植民地支配で初めて禁止されたのです。

 

 イスラム教徒が奴隷制を非人道的だと反省して辞めたのではないのです。

 このようなイスラム史を見る限り、白人悪、イスラム善、悪い事は全て白人キリスト教徒の責任なんて言うのはオカシイとしか思えません。

 

 こう言う反欧米主義って結局単なる白人差別でしょう?

 

 白人は悪い事をするからイスラム教徒やアフリカ人に憎まれる。 でも日本人は悪い事はしないから、上手くやれる。

 

 それって自惚れですよ。

 こういう自惚れの代償は大きいですよ。

 

 イヤ、ヨーロッパが現在、この自惚れの代償に苦しんでいるのです。

 

 オレタチはアジア人なんか違って寛容で善良な文明人だから、難民を受け入れて上手くやって行けるんだ。

 イスラム教徒とも共存できるぜ。

 オレタチのやり方だけが文明人のやり方だ!!

 日本はオレタチを見習えよ!!

 

 と思って難民を受け入れた結果、無残な事になっているではありませんか? 


コメント

イスラム移民が増えれば日本人に布教できなくても問題が起きます。
 欧米でもイスラム教に改宗する欧米人は僅少ですが、イスラム移民の流入でテロや騒乱が絶えないのです。

 しかも現在のキリスト教法皇自らイスラム難民の救済を訴える程、寛容になっているのに、イスラム教徒はそのヨーロッパに来てテロや騒乱を繰り返すのです。

 そもそも一神教多神教の寛容さに付け込んでその国を乗っ取った例は古代ローマ帝国キリスト教化や、インドネシアやマレーシアなど東南アジア諸国イスラム化など世界に幾らでもあります。

 しかもイスラム教というのは教理上世界を武力でイスラム化する事を使命としている宗教です。

 これで宗教的緊張が起きないと考える事は不可能です。
 実際既に富山コーラン事件のような事件が起きているのです。
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日本人が知るべきなのは、イスラム教は三大一神教の中で、一番排他的で、侵略的で、蝙蝠外交的です。殆どのイスラム教徒は、教育の行き届かない地域で暮らしてきて、古代アラブ語など分かるはずもない人たちであるため、自分たちの宗教を理解していないのですが、理解していない事を知らないのです。しかし、知れば知るほど、近代世界と折り合えない、問題がある宗教であると思います。
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イスラム教も、キリスト教も「砂漠から生まれた」一神教の宗教なんですよねぇ。

思いまするに、そういう宗教を頑なに(原理主義と言うんでしょうかね?よく判りませんが)信じると、結局住んでいる地域を「砂漠に戻す」だけのような気がしますね

 


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ちょうど池内恵氏がサイクス・ピコ協定について解説している動画が、YouTubeニコニコ動画にあります。モーリー・ロバートソン氏が、今年の5月までニコニコ生放送でやっていた番組を収録したもので、この回もモーリーが聞き手をやっています。

池内恵×モーリー 「諸悪の根源!? サイクス=ピコ協定」 〜中東の混乱は100年前の秘密協定のせい?〜 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=o-0pv11LLXI

【無料】池内恵×モーリー 「諸悪の根源!? サイクス=ピコ協定」 1/2 - ニコニコ動画
http://www.nicovideo.jp/watch/1468437737

※どちらも8月31日まで

よもぎねこさんにとっては、すでに知っている事ばかりの内容だと思いますが、池内氏の人と為りが分かります。モーリーが聞き上手なのもありますが、気さくで、おもしろい人ですね。人文系の左翼教授が講義で、易しい事柄をわざと難しく話すのとは正反対で、とても良かったです。

目が悪い人にはキツイですが、画面上にコメントが流れるのもおもしろいです。私には「へぇ~」と思うような豆知識もいろいろ出てきて楽しかったです。

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キリスト教イスラムももともとはユダヤ教が基盤です。ユダヤ教キリスト教は西洋ではジュデオクリスチャンと一緒くたにする傾向がありますが、それはイスラム教と違って歴史が長いので、その長い歴史のなかで一神教を他宗教に無理やり押し付けるやり方を改める時間があったからと言えます。

確かにカトリックプロテスタントなどで血みどろの戦争をやってきたキリスト教ですが、そういう行為は良くないという反省が西洋にはすでにあるのです。

しかしイスラムにはそういう時代がまだ来ていない。未だにイスラムこそが至上なのでありイスラムこそが世界を制覇すべきという信心を捨てていないのです。

そういう不寛容な宗教を多神教で寛容な日本が受け入れたなら、日本も今西欧で起きている状況の二の舞を踏むことになります。

ちびさんの考えはあまりにも甘く、これが本当に日本右翼の考えなら日本の将来は非常に危ない。日本は多神教であるがゆえに無防備なのです。

実を言うならば、西欧が今の状況にあるのは、彼らがキリスト教徒だからではなく、反対にキリスト教の基本を忘れ世俗主義を進め過ぎたことにあるのです。その方向性のない「寛容」がイスラムの「不寛容」の横行に反撃できないのです。

イスラム諸国の問題はすべて白人キリスト教が作り出したものだとか、イスラムには寛容でなければならないとか、ちびさんは、西洋をとても憎み、西洋の真似をしてはいけないといいながら、彼の主張は皮肉にも欧米の左翼が言っていることとまったく同じです。よもぎねこさんに言われなかったら私は彼が左翼なのだと思ったでしょう。
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日本の右派って、戦前から、ものすごくリベラルなんですよね。大アジア主義って、アジア諸民族の統合を目指す「アジア版のEU構想」みたいなもので、今でいうグローバリズムですから。
それに、日本の右翼が欧州右翼のように、本当にガチの民族主義者だったら、右翼団体朝鮮人がいたりする訳がないんですよね。

私が「イスラム教ってヤバイな」と思ったのは、「インドがイギリスの植民地から独立した時に、パキスタンバングラデシュが分かれて独立した」のは、「多言語・多宗教・多文化のインドにおいても、イスラム教徒だけは国民統合できなかったから」という事に気づいてからですね。

やはり多民族・多宗教のミャンマーでも、イスラム教徒のロヒンギャ族だけが国民統合できずに問題になっています。欧米の人権団体やリベラル派は、ロヒンギャ族を一方的な被害者として扱い、ミャンマーを非難していますが
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イスラム教って一神教の中で最新の進化形ですから、ユダヤ教キリスト教で開いていた穴を全部塞いで、宗教的な曖昧さや妥協を不可能にしているのですよね。

 更にイスラム教による政治的軍事的支配をそのスタート時から既に実現した実績があります。

 だから欧米などで、近代化の過程でキリスト教が、現実の社会と折り合ってきたような妥協も非常に難しいです。

 しかもこの宗教を狂信する人の人口が今後今の2~3倍に増えるのです。

 これはホントに深刻な問題です。

 欧州にとっては中国共産党どころではないでしょうね。
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西洋の左翼がやたらにイスラム教に親和的なのは、結局彼等がキリスト教や自国の伝統を憎んでいるので、敵の敵は味方と言う短絡的な発想からくるのでしょう。

 でこれは実は日本の反西欧の右派も同様なのです。
 
 「この世の悪は全て西欧白人がもたらした物である」と盲信しているので、西欧の敵は全て自分達の味方として擁護するのです。

 そして日本の右派のルーツである明治の大アジア主義など当に「アジア諸国が団結して、西欧に立ち向かうべき」と言う物ですから、結果的に欧米左翼と同じ姿勢でイスラムと融和する事になります。

 しかし現実のイスラムを見たら、キリスト教より遥かに抑圧的な一神教で、冷徹で強権的で、本来なら非イスラムアジア諸国と融和するどころではないのですが、しかしそういう現実は無視しちゃう所も、欧米左翼と日本右派の共通点です。

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多神教社会で生きる人には、一神教の不寛容は理解できないのですよね。

 古代ローマ帝国でも結局、イスラエルの統治には散々苦労した末に、遂にユダヤ人のエルサレム追放でケリを着けるしかなと腹を括るしかありませんでした。

 http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5410.html

 しかし最後はキリスト教に帝国を乗っ取られて滅亡しました。

 そういう事を考えると何とも絶望的な気持ちになります。
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富山コーラン事件もそうですが、こういうのってむしろイスラム側が摩擦を起こす為に騒いでいるのですよね。
 
 なぜなら摩擦が起きると、日本側が驚いて一歩引くからです。

 これって在日コリアン在日特権をせびり取ってきたのと同じ手段です。

 少数派だからカワイソウなんて事で安易に引くと、ドンドン付け込まれて大変な事になるのです。
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イスラム教についての意見は皆様のコメントの通り、そして日本人のイスラムについての甘さも御指摘のとおりです。

だからここで考えなくてはいけないのはイスラム教についての日本人の付き合い方のスタンスをはっきりさせておくという一事でしょう。イスラム教徒が旅行や勉学のために来ることはウェルカムですしそのためには食事や生活にある程度の便宜を図ることはありでしょう。

しかしそれを超えて日本社会の一員になるというならば、考え方を変えていただかねばなりません。イスラム教の布教をするなとは言いませんが日本の文化習慣伝統を尊重し、日本の法律を守りよきにっぽんじんとしていきることをじゅようしてもらわねばいけません。

そして「近代」先進国の「宗教の自由」とはイスラム国家のそれとは異なり他の宗教の共存を前提とした上での内心の自由にとどまるものであり社会や国家にないがしかの権利を要求できるものではないということを受け入れてもらわねばなりません。

だからコーランが破棄されても破棄した人間を責めることもできなければ路上での礼拝やましてや国家に対してハラールの要求をするなどは論外だということです。イスラムの世界では出来て当たり前のことは近代国家では当たり前ではないのだということを完全に理解ていただかなくてはなりません。

キリスト教だって宗教戦争をやってとんでもない数の命をなくした上でようやく近代化したのです。つまり彼らの中世のキリスト教徒とおんなじような連中だと思わなけれいけない訳です。おそらく民族上の問題か宗教上の問題か知りませんが人口の半分くらいを失う大戦争の後にようやく分かることだろうと思います。

その上でマホメットが最高かつ最後の預言者であるなどという教義を実質的に骨抜きにしなければ変わらないでしょう。この手のものはルトワック氏の言うように戦争に任せるしかありません。これがイスラム世界に限定される限りは、何も干渉せずに結果を見守るしか無いでしょう。

度の国も皆んな苦労して大きくなったのです。その苦労をたんまり払ってもらうだけです。これは特亜の諸君にも言えることではあるのですがね。

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多神教世界の人間には、こういう偏狭な一神教の人間を理解できないのでしょうね。
 
 日本人が甘いと言う事もありますが、古代ローマ帝国だってユダヤ人には手古摺っているし、キリスト教に国家を乗っ取られています。

 例えばティベリウスは実に細々とユダヤ人に気を遣い、彼等との融和を図ったし、トラヤヌスキリスト教への法によらない取り締まりは絶対不可としたのですが、一神教と言うのはそういう気遣いや法の精神は一切伝わらない相手なのです。

 だからイスラムだって同じでしょう。

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(引用終了)