中野剛志先生の「日本思想史新論」

1204-4-95/6教育勅語批判の話つづき中野剛志先生の「日本思想史新論」

中野剛志先生の「日本思想史新論」を紹介します。

(今日はここから)
私が説明する前に、色々な書評が出ているので、それを書こうと思います。
この本は皆注目しているので本の評論も多い。
私と違う視点と言う意味で面白いと思うし、時間の節約にもなるかな、と考えてやってみます。

文芸春秋の堤氏の書評。

(引用開始)
1.この本は「会沢正志斉」を再評価したものである。
会沢正志斉は幕末水戸藩の人で、押し寄せる外国列強への対抗策として「新論」を表(あらわ)した。
この本は広く幕末の志士たちに読まれ、非常に大きな影響を与えた本である。
防長毛利藩の吉田松陰は国内視察の第一に水戸の会沢に会いに行くことを選んでいる。
吉田松陰はそれを高杉晋作などの自分の弟子に教え、明治維新の原動力になった。

2.会沢正志斉の「新論」は尊王攘夷論として有名だ。
しかし、今まではもっぱら狂信的な国粋主義から発する過激な排外主義思想として批判された。
特に戦後はサヨクを中心にして頭から否定され、研究する人も居なかった。

3.しかし、この中野さんの本に依れば、会沢正志斉の所論はそんな偏狭な教条主義的なものでない。
偏狭な排外主義思想どころか如何にして日本の独立を維持するかを、
透徹したリアリズムに発する現状認識を踏まえてそこからプラグマティックに追及して議論している。

4.そのリアリズムとプラグマティズムの考え方、発想の仕方は江戸時代にすでに用意されていたものだ。
つまり、会沢正志斉は江戸時代の儒学の思想を基盤にして立論をしている。
この本は新論の背景となる江戸儒学の思想の流れを伊藤仁斎荻生徂徠に沿って論じている。
そして、会沢正志斉に至り、会沢正志斉の後継者として福沢諭吉を挙げて論じている。

5.諭吉は戦闘的、実践的な尊王攘夷主義者であって、従来の諭吉論(例えば丸山真男など)とはおよそ違っている。
それは戦後の従来のサヨク的定説である思想史をひっくりかえすものである。

(引用終了)

(私の注)
ここで云うプラグマティズム実用主義)、リアリズム(現実主義)は保守主義だ。
サヨクはこうあるべき、という理性で構築した理想論から出発する。
保守主義はその反対に現実がどうなのかをよく観察することから始める。

前回保守主義とは「懐疑主義、漸進主義、共同体主義」だと書いた。
それから、雑誌論文を紹介して、もう一つの保守主義を説明した。

それは進歩主義、理性主義を否認し、過去の歴史や経験を尊重するのが保守だと言った。
上記の懐疑主義の中に含まれる考え方です。
懐疑主義はまた、絶対的な正義や真理は存在しない、と考える。これが大切だ。
つまり、宗教も相対的になってしまうが、それでもなお信仰する態度だ。
これらの保守思想を敷衍すると、徹底的に現実を見据えて考える立場が生まれる。
この本は尊王攘夷思想がそういう現実主義から出たものだ、と言っている。

戦後のサヨクの批判は、尊王攘夷思想が国粋的イデオロギーによって出来たものと誤解する。
そして、その国粋的排他的イデオロギーを悪いものとして攻撃する。
しかし、著者はそんなイデオロギーなどなくて、独立を守るために実務的に論じたものだ、と言う。
そして、そういうイデオロギーを排して実務的に物事を考える思想の基盤が江戸時代に有ったのだ、と言うのだ。
その江戸時代の実務的な思想の代表として伊藤仁斎荻生徂徠を挙げて解説している。
この二人の学派を「古学」という。

ところで、この二人はなぜ実務的なのか。
それはこの二人の前に林羅山山崎闇斎などの儒学の巨大な朱子学の思想があって、それに対抗したからなのだ。
朱子学は非常に理論的な一点の隙もない建築物のような思想体系でイデオロギー的なものだ。
つまり、前記の絶対的正義や真理のたぐいに近いのです。

その点で、戦後のサヨクの進歩主義、理性主義のイデオロギー的要素と類似している。
伊藤仁斎などはその進歩、理性、合理主義などに対抗して思想を確立させた。
戦後のサヨクは自分たちが進歩した新しい進んだ思想家とうぬぼれて幕末の思想家を批判する。
しかし、実は彼らはそういうサヨク思想を乗り越えてきた思想家たちなのだ。
朱子学マルクス主義は内容が全然違うが、理性主義的発想としては良く似ている、と言うことです。

もう一つこの本には書かれていないが江戸初期の儒者である山崎闇斎の「垂加神道」の影響がある。
山崎闇斎は江戸時代全般に大きな影響を与えた大学者だが、
その業績を一言で言えば、儒学を通じて神道を研究し、二つを合体させたことです。

彼の考えでは儒学はあくまでシナの学問であって、日本にそれを当てはめるには神道を儒学的に考えた。
これが、非常に国粋的宗教イデオロギーとなったのだが、それがその後発展して幕末の尊王攘夷思想に結びついた、
と言うのが今までの解釈だったのだ。
がしかし、この本の著者はそういった通説を覆しているから面白い。

山崎闇斎などの朱子学に対抗して出てきた古学が幕末の思想の根源になっている、と言うのが著者の解釈です。
その意味で「新論」と言えるだろう。会沢正志斉の本の名前の「新論」と自分の新論と二重の意味になっている。
サヨクの権威主義的な批判に風穴を開けるという点では教育勅語の反批判にも通じていて痛快な本だ。

今日はここまで、ではまた。