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メルマガブログ転送禅宗の本心配事の九割は起こらないその61502-6-614-2/11

本の紹介
枡野俊明(ますのしゅんみょう)著
「心配事の9割は起こらない」
著者は曹洞宗禅宗)の僧侶で日本庭園の設計者

・本の内容目次から
第一章
禅的な不安や悩みの遠ざけ方
第二章
今できることだけに集中する
第三章
競争から一歩離れる
第四章
人間関係が楽になるヒント
第五章
悩み方を変える

(前回の要約)
(カッコ内は私のコメント)

(時々こういう本を読んで心をリフレッシュすることは有意義だ。
直ぐ効果があるというわけではないが、それが肥やしとなってじわりと効いてくると人生自体も好転してくる。
運というものは、いい方向に動くとそれが連続していい方向に回転してゆく。
この本は禅を基本にしているので少し堅苦しいが、心の持ち方にきっかけを与えてくれる良い本だ。)

1.限りなくシンプルに生きるため、余計な不安や悩みを少なくする。
そのための合言葉は「減らそう、捨てよう、忘れよう」

2.不安や悩みを無くすには、「妄想を出来るだけ少なくすること」
心を占める心配事の大半は余計な妄想だ。
禅語のキーワードは「莫妄想」(まくもうそう)。

3.心の不安や悩みを無くす次の方法は「今に集中して生きること」
禅のキーワードは「一息に生きる」(いっそくにいきる)。
当面やるべき生活上の作業や仕事に集中して色々と考えないことにする。

4.不安や悩みを無くす方法として昔から行われていたのは神(ご先祖様でもいい)に祈ること。
祈るだけでなく、神様やご先祖様に相談してみる。
神様が自分を守ってくれているから神様のお計らいを信じる。

5.世の中には自分ではどうにもならないことがある。
その時はそれをそのまま受け入れるしかない、悩んでも意味が無い。

6.不安や悩みの一つに人間関係がある。
人間関係の悩みをよく見ると相手のごく些細な一面だけを取り上げている事が多い。
だが、実際の人間は重層的で多面的だから人の見方を変えると悩みを解消出来る。

第二章
今できることだけに集中する

1.自分の身の回りの「いま、ここにある、あたりまえのこと」を見なおしてみる。
当たり前の日常をもっと大切に「ありがたいな」と思って生きてみることだ。
不安や悩みを抱えるより、今ここにいることを有難いと感謝して生きることだ。

2.一生懸命やるのも大事だが、走りすぎても良くない。
成長する為にはきちんと失敗の原因を見極める休みの時間が必要なのだ。
禅語のキーワードは「七走一座」(しちそういちざ)「一日一止」(いちにちいっし)。

3.悪いことが起きたり、辛い境遇の時は気持ちが落ち込むが、それは止むをえないし、当然のことだ。
落ち込んだら早く立ち直ろう。
立ち直る為にはまず負の心をプラスに転じてゆく事から始める。
前に書いた、「だけども上機嫌」「見方を変えて肯定思考」「プラスの言葉だけ言ってみる」が参考になる。

4.心に余裕を作る一番の方法は朝を大切にすること。
毎日一定の早い時間に起きる。
そもそも時間というものは主体的に使うもので追われてはいけない。
朝を大事にすると一日の時間を主体的に使うことが出来る。

5.他人の価値観に振り回されず、自分のものさしで生きる。
自分のものさしをどうやって作るか、というと体を動かす、体でわかる、つまり体感すること。
実践し、経験を積み重ねて、自分のものさしが作られる。
自分のものさしがあれば、それによって正しい判断が出来、行動もできるようになる。
禅語のキーワードは「冷暖自知」(れいだんじち)と言う。
水が冷たいか温かいかは触ってみないとわからない、と言う意味だ。
少しずつでいいから自分のものさしを作れば自分の人生に自信が生まれ、他人と比べることから開放される。

6.現代はやっている仕事が自分にあっているかどうかを問題にする。
それが戦後教育の教えで、個人重視、自由に生きることだと思っている。
昔は「石の上にも三年」と言って何をやるにも辛抱がついて回る、という自覚と覚悟があった。

自分にあった仕事を探していては豊かな人間にはなれない。
禅語では「大地黄金」という。
今いる所、自分が置かれている場所で精一杯尽くす、するとその場所は黄金のように輝く、と言う意味だ。
光り輝く黄金の大地があるのではなく、そこにいる自分が大地を黄金にするのだ。
花は置かれた場所でしっかりとたくましく花を咲かせる、仕事も同じだ。

(今日はここから)

7.イライラしたりくよくよ考える心をどうしたらコントロールできるか。
禅では「無心」でいることが一番だ、という。
無心とは、考えないようにする、ということでなくて浮かんだ思いはそのまま放っておくのだ。
次々に新しいことが浮かんでくるのだから、古いものは放っておくと自然に消える。
無心とは、浮かぶに任せ消えるに任せることで何も考えにように努力することでない。
喜怒哀楽は次々と起きるのだから、忘れることが一番なのだ。

8.夜は考えることが進みすぎるので注意する。が必要だ。
昼間は忙しいから不安や悩みが隠れているが、夜になると前に出てくる。
一旦それに捕らわれると振り払うのは大変だ。
夜の時間帯には悩みが悩みを産む要素がある。
それをわきまえて夜は寝るまで心を穏やかに考え事をしないようにして、
音楽とか落語を聞いて寝るまで過ごす方がいい。
酒は飲み過ぎると却って心が冴えるから晩酌程度にした方がいい。
また何かの判断も夜にすると間違いが多い。
判断はできるだけ朝に光の中のほうが良い。
禅宗では「夜坐」と言って寝る前までの一定の時間座禅を組んで過ごす。
座禅でなくても自分にとって心地よいことリラックスできることで夜を過ごす。
結果的によく眠れるし爽やかな朝を迎えられることになり好循環が生まれる。

第三章
競争から一歩離れる

1.仕事においてはまず勝ち負けのこだわりを捨てる。
禅語では「八風吹けども動ぜず」という。
その時々にそれぞれの風が吹いているだけのこと、どの風も自然に受け止めたら良い。
自分の心に問い掛けてみて「まずまず一生懸命やったな」と感じることができたらそれでいい。
大事なのはその時々の仕事に対する納得感だ。
仕事では他人との勝ち負けでなく目線を外から内に転じること、他人でなく自分の心に向けることが大切だ。

2.仕事ではまぶしいような才能を持った人がいる。
しかし他人の才能を羨んでも何も始まりません。
それより、自分の出来る努力をコツコツ続ける習慣を身につける。
その習慣によって才能を超えることもできる。
禅の修行の本質も繰り返し続けることにある。
禅僧の最初の修行期間の間は来る日も来る日も座禅読経など繰り返し続ける。
それによって修行生活の全てが習慣となって身についていく。
体が覚えてしまう、そこまで繰り返す。
禅宗の公案に「香厳撃竹(きょうげんげきちく)」という有名な話がある。
香厳智閑(きょうげんちかん)というシナ唐代の坊さんが師から与えられた公案(禅問答)が解けず悩んでいたのだが、
ある時掃除をしていて竹の箒に石があたって音を立てた、その音を聞いて悟りを得た、というものだ。
この話は禅宗ではとても有名だ。
コツコツと毎日毎朝掃除をする、それも無心に一心に綺麗にしようと掃除をする、
石が立てた事をきっかけにそれに気がついたのだ。
そこに人生の要諦がある、そう気がついたのだ。
「脚下照顧」「直指人心」「不立文字」という禅宗の面目躍如たる話だ。


3.日本人は「おかげ様」という思いやりと感謝の心を持っている。
これは稲作農業から来たものだ。
今は西欧文明が入ってきて、個人主義競争至上主義が主流になっている。
西欧文明は狩猟民族、牧畜民族が基本になっている。
狩猟民は稲作のような大規模な協力関係の必要がなく、個人技や個人の才能が収穫を左右する。
だから今の日本の会社にはびこる成果主義は日本人になじまない。

参考
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11987998680.html#cbox
三橋貴明ブログのコメント欄から
53. 橋下さん達の思想

橋下さん、甘利さん、安倍さん、竹中などは競争こそ富の源泉だと考えている。
富の源泉は競争し切磋琢磨し皆が努力してこそ達成される。


皆が緊張感を持ち、ライバルを得てそのライバルに打ち勝つことこそが社会を動かす原動力である。
競争のない社会とは堕落した社会で皆怠け、没落していく。

会社も国も地方自治体も全てそう。会社内でもいくつかのグループに分け切磋琢磨させ、努力させそれが成長の糧となる。
実際三星はそれをやっている。甘利殿のお言葉「農協間で競争し強みが高~~」

私は以前成果主義の会社にいたことがあります。正に甘利さんが好きそうな競争の社会です。どうなるか。

誰もしゃべらなくなる。何故ならアイデアがばれるとライバルに取られる。
上司にすら手柄を奪われる可能性があるから話さない。疑心暗鬼。他人の失敗を喜ぶ。
新人の手柄をパクる。成果が上がるのは自分がすごいからだと自分で恥ずかしげもなく喧伝する。
焦燥感、焦り、緊張の連続。見栄を張りあう。

一見正しそうに見えることも、それは観念的なものであり現実的ではないことが非常にたくさんある。
しかし、彼らは意図してマスコミを使い、競争こそ富の源泉だと喧伝する。

安倍さん、甘利さんは頭が弱そうだから騙されて浮かれているだけだと思うが、
意図して競争を激化させ日本社会を壊し、漁夫の利を得ようとしている人がいるのは間違えない。

私は今回の件全く興味がなく動画も見ていませんが、藤井先生のお人柄は何度か動画を見て、
素晴らしいお方だと信じています。

競争して切磋琢磨して社会は前進していくは一面正しい。
しかし一面では競争は疑心暗鬼を生み、足の引っ張り合い、騙し合い、誤魔化し、場当たり的対応を生む。
競争社会にすれば全てが解決する的な思想は間違っている。もっと議論する必要がある。

激論コロシアムでの藤井先生の至言、「大切なことは改革ではなく、改善ではないでしょうか。」素晴らしいです。
是非とも支えてあげてください。

(参考引用終了)

 

自分一人でできることなどたかが知れている。
日本人には「おかげさま」の伝統が受け継がれており大震災の時などにそれが表に出てきている。
このおかげさまの意味はご先祖様のおかげと言う意味が元の意味だ。
農業は水利や灌漑などを何代にもわたって受け継がれてきたものが非常に重要だ。
そういう基本がないと農業できない。
そこでご先祖様に感謝する、おかげさまという基本的な考えが生まれた。
ひとりで生きているのではなくご先祖様のおかげで生かされている、という気持ちがおかげさまの気持ちだ。
そして自分もご先祖様の1人になっていく、おかげさまでと言われるような1人になっていく、という循環になる。
会社の仕事でも周りの人々のおかげで支えてもらっているから自分の仕事はできる。
やはり競争よりおかげさまの気持ちを忘れるべきでない。

(今日はここまで)