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1502-8-616-2/12メルマガブログ転送皇室滅亡その2(後半)

ブログ

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001

BBの覚醒記録。無知から来る新中心間から離脱、日本にとしての目覚めの記録。
(見出し)
「コメ欄から拾った皇后陛下論1」(後半)
(長いので数回に分けます。内容を要約すると、日本の皇室は完全にキリスト教徒化しており、
その尖兵が美智子妃殿下だったという話だ。
目からうろこのブログだから読んでおくといいと思います。)


(引用開始)
記事の更新が間遠になっているときに、コメ欄が活発に動いていて中には、興味のあるレポートや考察もあり、ふと思いついて転載してみました。
 
目についたコメントを任意に抽出、時系列にこだわって並べる意味は無いし、手間暇食うので抽出はランダムです。
全てのコメントに肯定という意味でもなく、あくまでも読者の皆様の考察の縁(よすが)としての転載であり、
BBの結論ではなく判断は皆様にお預けします。


***(前半は前回送付済、今回はその続き)

 

◆◆ GHQプロテスタント(クウェーカーやユニオニストなど)で、皇室から神道を駆逐したかったのは、事実。 (BB注・この文脈でユニオニストの意味するところが不明なのですが、ママ転載しました)
しかし、明治期に国家神道を形成する時、政府が参考にしたのがイングランド教会だったので、カトリックとのルートのほうが強かったせいか? カトリック勢力が皇室に近づいたのではないか。推論。

正田美智子さんは、入内前にカトリック教会と照会の上で洗礼は受けてない、とされているが確証はない。
いかようにも偽装は可能。

美智子さんの近親者はカトリックで祖父母もカトリック。入内で仲立ちになった人々もカトリック
正田家当主はカトリックではないと表向きされているが、祖父母がカトリックでこれは、不自然。
母親は死の間際に、受洗したことになっているが、実は昔からそうで、娘の立場で隠していただけではないのか。しかし、いざ死を迎えるとなると本物の信仰者として死を迎えたく、臨終の床で洗礼を受けたというストーリーが作られた?

徳仁皇太子と秋篠宮の養育係浜尾侍従もカトリックで、浜尾侍従の弟はバチカンの高位聖職者(枢機卿)だという極めつけ。


カトリックを皇室に送り込む大目的のため、正田美智子さんは洗礼を受けていないことにした方がよいとカトリック教会が判断した、との「噂」は根強くあり。
だが、あくまでも噂。

しかしながら、第2次世界大戦後の日本の敗戦を受けて、カトリック教会が日本宣教を「トップダウン」(社会の上層部からの改宗)に方針転換したという説もあり、当然皇室が狙われた可能性あり。

宮中は、正田美智子さんがもたらしたカトリックと、小和田恒氏が導入した外務省創価勢がひしめいているようだ。
 
◆◆内廷職員の永田忠興氏が「昭和五十年ごろから宮中の祭祀の本質にかかわる重大な変化が起こっている」として神道宗教学会で警鐘を鳴らした。

そのことを週刊文春が取り上げ、入江氏が激怒するという事件が起こっている。

また、入江氏の祭祀破壊工作に対して(当時の)皇后陛下は強く不快感を示されていた。
このことも『入江日記』にも記載がある。

h ttp://blog.goo.ne.jp/tuneari/e/419fabbf4785e43e10b0be4f66c93733

また、『入江日記』には氏が皇室祭祀憎悪、神道憎悪思想の持ち主であったことを物語る記述に事欠かないという 。

宮内庁は、皇后陛下が持ち込んだキリスト教と、小和田恒が入れ込んだ外務省創価がうようよ。

カルト創価はともかくキリスト教が悪いという説ではないですが、しかし神道の最上位の場所に異教は絶対、伝統を破壊します。
GHQの美智子さん押し込みも、その目的だったのでしょうが。小和田恒氏の異例の出世と権力にも、朝鮮勢力とつるんでいる小和田にGHQが目をつけたのかもしれない。
 
◆◆ >家族揃ってのカトリック信仰ですから、洗礼受けていなくても聖書は読むし、教会で礼拝しますし、家庭で信仰を語り合うこともあるでしょう。

カトリックへの傾倒が祖父母の代からというところに併せて、商家の育ちというところにも見逃せない陥穽があるのではないかと思います。というのは、常に丁稚、手代、番頭と祖父、父君に対する忠誠心のある人間を見慣れ、自分もその忠誠心を受ける側にいる訳ですから公に対して真心を捧げるという感性が育まれず、自分達の物差しが中心となり、真心を捧げる対象は唯一神のみとなって行くのは自然な成り行きかと思います。

たとえ、商家の育ちでも根本的なところで一般的日本人の共有する宗教観、宗教心が涵養されていれば、公に奉ずる事の大切さが血のレベルで染み付いている筈で、平民ならばその身分の違いによる入内が如何に不遜な事なのかを峻別し、妃としてどのように篤く迎え入れる段取りを整えられても固辞したのではないかと思います。しかし、美智子さん入内の場合は、時代的背景がGHQ主導下の延長線上という事で、皇室存続の為には避けられない選択だったのでしょうけれど・・・

>昭和天皇ご在世時には、たとえ祈ることは出来無くても形は整えられた。

箍が外れカトリックへの本卦還りが加速しているというところですね。鈴を付けられる人はいるのでしょうか。
 
◆◆国家としての日本にとって、もっとも大事なのは、皇居の穢れを払う神事。
個々の日本人の波動も乱され過ぎました。
日本が清浄になれば、無意識の米国を中心とした世界の不条理も救われます。
秋篠宮御一家の即位こそが、地球の全ての未来の象徴です。

追記 コメ欄より転載(最新)
 
◆◆>“婚約記者会見に臨む美智子を、家族とともに家の中から見送った唯一の新聞記者である佐伯晋氏は「ご成婚の過程を見ると、ふたりの自由恋愛から始まったというのではなく、むしろ東宮侍従の黒木従達さんらが正田美智子の存在を意識し、皇太子を焚きつけていったように感じられます。軽井沢での出会いの後、東京でのテニス会に美智子さんを誘うよう働きかけたり、皇太子がそこで撮影した写真を『ご本人に送って差し上げたらどうですか』と勧めたのも黒木侍従です。
 
 
 (ブログ主コメント)
石井妙子氏は、綿密な取材にもとづく人物評伝が高い評価を受けている作家。
当時の東宮職らが、民間からの皇太子妃を迎え入れるべく積極的に動いていたのは確かでしょう。

ヴァイニング夫人とやらの影響を受けざるを得なかった今上陛下。
一方、幼きころより仁徳天皇の民のかまど伝説を聴いてお育ちになり、生涯清貧を貫かれた昭和天皇は、戦後ずっと防空壕にお住いになり、侍従が御所の新造を提言するも「世の中には住む家の無い人も居るのだから」と却下、終戦から16年経過して、やっと新たに建てられた吹上御所に移られた際には「こんな良い家に住める様になったのも、皆んな国民のお陰だ」とおっしゃられました。


ちなみに、石井妙子氏のタイトルは「母が授けた改革精神 美智子皇后
いろいろな意味で、皇室にとって完全に不必要悪である改革精神が不幸にも持ち込まれてしまった、ということでしょうか。。。
 
◆◆ 美智子妃殿下は、当時22歳で日本国憲法起草にあたり第14条と第24条に男女平等を盛り込んだGHQ職員ベアテ・シロタ・ゴードンさんと親交があったそうです。
一昨年ゴードンさんのニューヨークでの追悼式に美智子妃殿下は侍従長を通じて哀悼のメッセージを贈られたそうです。
そのことを朝日新聞はじめ左翼が喜々として取り上げていますね、
「皇后は護憲派だ」と。

ゴードンさんは、日本の憲法は世界の英知だとして戦争放棄を謳った九条を擁護する講演活動を日本でされていたそうです。
「数十年も改正されなかったのは世界のモデルとなる素晴らしい憲法だから」で
「九条を他の国も真似するべきだ」とおっしゃっていたそうです。
亡くなられた時娘のニコルさんは、追悼の意を示したい場合は九条の会を支して欲しいと呼びかけたとか。
美智子妃殿下とGHQが完全に繋がりましたね。
 
 
 


(画像はBB貼り付け。調べたらベアテ・シロタ・ゴードンと皇后陛下の親交は事実でした)
 
九条の会吉永小百合との親交など、新たな情報が次々にコメ欄に書き込まれています。

(以下続く)

 

 

(引用終了)

(私のコメント)
秋篠宮の娘が国際基督教大学に二人共入学したので変だと思っていたら上記ブログでわかった。
彼らは完全にキリスト教徒だったのだ。
本来皇室は日本の神に日本の安寧を祈るのが仕事だ。
つまり、神道は長く続く老舗の家業のようなものだ。
本来なら國學院大學とか皇學館大學とかに行くべきだろうがその気配もないのでおかしいとは思っていた。
Michikoさんがカトリックで全部裏から指図していたのだろう。
皇太子夫婦の惨状も親が悪いから子供も悪くなっただけのことらしい。
Michikoさんは外国人には受けがいいが、そりゃキリスト教徒同志なら仲間だからね。
ということは神道を信じる日本人の側から見たら仲間でない、ということになる。
気が付いたら、皇室が見事に日本人から離脱してしまったような状況らしい。
そのうち宮中三殿も廃止され、十字架が立つのだろう。
もっとも、今の日本人は神道も日本も嫌い、と言う連中が多いからそういう人たちには朗報かもしれない。

(私のコメント終)