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1503-7-635-3/7メルマガブログ転送禅宗の本心配事の九割は起こらないその11

本の紹介
枡野俊明(ますのしゅんみょう)著
「心配事の9割は起こらない」
著者は曹洞宗禅宗)の僧侶で日本庭園の設計者

・本の内容目次から
第一章
禅的な不安や悩みの遠ざけ方
第二章
今できることだけに集中する
第三章
競争から一歩離れる
第四章
人間関係が楽になるヒント
第五章
悩み方を変える

(前回の要約)
(カッコ内は私のコメント)

(こういう啓発書は直ぐ効果があるというわけではない。
だが、心の肥やしとなってじわりと良い方向に向かえば占めたものだ。
運というものは、いい方向に動くと、連続していい方向に回転してゆく。)


1.落語に出てくる江戸っ子のようなシンプルに生きることを目標にする。


2.心を占める心配事の大半は余計な妄想だから心に妄想が起きたら早い内に切り捨てる。

3.妄想から不安や悩みが生まれるのだが、それを排除する方法は、
当面やるべき生活上の作業や仕事に集中する。

4.不安や悩みを無くす方法として昔から行われていたのは神(ご先祖様でもいい)に祈ること。

5.世の中には自分ではどうにもならないことがあり、それについてはそのまま受け入れるしかない、悩んでも意味が無い。

6.不安や悩みの一つに人間関係があるが、人の見方(長所)を変えると悩みを解消出来る。

第二章
今できることだけに集中する

1.当たり前の日常をもっと大切に「ありがたいな」と思って生きてみることだ。


2.成長する為にはきちんと失敗の原因を見極める休みの時間が必要だ。

3.悪いことが起きたり、辛い境遇の時は気持ちが落ち込むが、それは止むをえないし、当然のことだ。
落ち込んだら早く立ち直ろう。

4.心に余裕を作る一番の方法は朝を大切にすること。
毎日一定の早い時間に起きる。

5.他人の価値観に振り回されず、自分のものさしで生きる。
ものさしの大本は、お天道さまに恥ずかしくないかどうかだ。


6.現代はやっている仕事が自分にあっているかどうかを問題にする。
禅語では「大地黄金」といい、今いる所、自分が置かれている場所で精一杯尽くす、するとその場所は黄金のように輝く、と言う意味だ。

7.イライラしたりくよくよ考える心を無心になろうと無理にコントロールしない。
「ああ今私はイライラしているようだ」と自分を観察する。
浮かんだ思いにこだわらず第三者的に客観的に見るようにするとやがて消えていく。

8.夜は考えることが進みすぎるので注意が必要だ。
何かの判断も夜にすると間違いが多い。
判断はできるだけ朝に光の中のほうが良い。

第三章
競争から一歩離れる

1.仕事においてはまず人との勝ち負けのこだわりを捨てる。
自分の心に問い掛けてみて「まずまず一生懸命やったな」と感じることができたらそれでいい。

2.他人の才能を羨んでも何も始まりません。
それより、自分の出来る努力をコツコツ続ける習慣を身につける。
その習慣によって才能を超えることもできる。
禅宗の公案に「香厳撃竹(きょうげんげきちく)」という有名な話がある。
この話は禅宗ではとても有名だ。

3.日本人は「おかげ様」という思いやりと感謝の心を持っている。
このおかげさまの意味はご先祖様のおかげと言う意味が元の意味だ。
ひとりで生きているのではなく無数のご先祖様のおかげで生かされている、という気持ちがおかげさまの気持ちだ。

4.良い言葉を使う。
言葉には天地をひっくり返すほどの力がある、と道元禅師が言っている。

5.我々はいつも変化の中で生きている。
どんな悪い境遇でも自分を生かすことができる、そこでの体験が将来飛躍のバネになる、と考える。
禅のキーワードは「日々是好日」(にちにちこれこうにち)

6.今日やるべき事は今日やる。
もっとも大事な事は今日ただいまを無心に精一杯の心で生きることだ。
精一杯の心とはコンに只今なすべきことをなす、ということだ。

7.失敗はしたくないが起きてしまうものだ。
禅語の言葉では「本来無一物」という。
人間は本来何一つ持たずに生まれてきた、そのことを考えれば失敗など問題でないのだ。


8.人は人、自分は自分。
自分には厳しく、人には寛容な姿勢が仕事をうまく進めるコツだ。

9.ものごとは、全て力ずくではどうにもならない。
「流れ」というものがある。
流れに任せてただ流されるだけでなく、確固たる自分というものがあって、流れと共に行くのだ。
禅語ではこれを「柔軟心」という。

10.セールスにかぎらず仕事をする上で最も大切なのが「信頼」だ。
信頼は沈黙に宿っているので、言葉の巧みさの中ではない。

11.禅の呼吸法について。
禅語の「平常心是道」(へいじょうしんこれみち)はいつも穏やかな心、静かな心でいることを言う。
禅の言葉「調身、調息、調心」(「姿勢を整える、呼吸を整える、心を整える。」という意味。)
一番効果があるのは呼吸法と呪文の組み合わせだ。
ます、姿勢を正して、臍下丹田と言われる、ヘソ下7センチの場所に意識を集中する。
意識を集中したら、お腹にある息を全部吐き切る。
吐き切ることが大事だ。
吐き切って息が詰まった状態は妄想が起きないから心が収まる。
この時、臍下丹田に意識を集中するのだが、それを足裏に持ってくるともっと効き目がある。
吐き切ったら吸う方は自然に任せる。
有名な禅僧は「怒りの感情は頭まで上げるな」と教えている。
そして、「ありがとさん、ありがとさん、ありがとさん」
と呪文を唱えるともっと効果があるという。
「勝って奢らず、負けて腐らず」が平常心だ。

第四章
人間関係が楽になるヒント

1.仏教では人との出会いを「御縁」という。
仏教の根本的考え方はあるゆるものが因縁によって生じている、この世に存在している、というものだ。
だから、どんな出会いも偶然でなく、仏様が下さった必然の結果だから、相手に対して感謝の気持を持とうというのが基本だ。

2.縁には良縁と悪縁があって、良縁ならますます良縁が、悪縁ならますます悪縁がついてくる。
では、良縁はどうしたら得られるか。
禅語では「歩々是道場」(ほほこれどうじょう)と言って何をしていても禅の修行だ、というのが基本にある。
この句は非常に有名で、茶道の掛け軸でもよく見かける。
座禅、食事、掃除、洗顔入浴、全て修行だから無心に精一杯の気持ちで取り組む。
これが良縁と悪縁の分かれ道になる。
つまり一生懸命やっている人には一生懸命やっている人の良縁がやってくる。
いい加減にやっている人はいい加減な悪縁がやってくる、ということになる。
自分も他の人を見ているからお互い様だ。

3.人間関係の最高のコツは「お先にどうぞ」だ。
お先にどうぞ、と言うのは私は二番手だ、ということだ。
普通は俺が俺が、と前に出たがるが一番を求めるより、二番手がもっともよいポジションなのだ。
二番手で自分を磨くこと、知識や技術を身につけ実力を蓄える。
実力のある二番手は最高の強みになる。
無量寿経と言うお経に「無財の七施」とある。
1.眼施(げんせ)        
(優しい眼差しで人を見る。)
2.和顔悦色施(わがんえつじきせ)
(にこやかな顔で接する。)
3.言辞施(ごんじせ)
(相手を思いやる優しい言葉、感謝の言葉を使う。)
4.身施(しんせ)
(荷物を持ってやるとか、出来る事を体を使ってしてあげる。)
5.心施(しんせ)
(他人と共に喜び、共に悲しみ、他人の気持ちを感じ取る。)
6.床座施(しょうざせ)
(席を譲ること、独り占めにしないこと)
7.房舎施(ぼうしゃせ)
(来客を暖かく迎えること)

禅宗では特に「和顔愛語」(わげんあいご)といって、穏やかな笑顔、思いやりのある言葉を重要視する。
「お先にどうぞ」はその修業実践とも言えるものだ。

 


4.人間関係で注意するところは、自分が正論だと思っても、一方的に押し付けないことだ。
誰でも自分の意見には少なからず自身を持っているし、正しいと思っている。
そこで、相手の考えも一旦受け止めた上で淡々と自分の持論も展開する、
「相手の顔も立てる」「win-winの関係」と言う言葉は人とのつながりには必要だ。

5.人と人との結びつきで大切なのは知識や教養でなく、感性や感覚だ。
感性や感覚を磨くには思考する脳を一旦休ませる事が必要だ。
そこで、許す範囲で「自然を感じながらぼんやりする時間」を取るといい。
禅語に「花に逢えば花を打し、つきに逢えば月を打す。」とある。
花があれば花を味わい、月を見れば月を味わう。
豊かな感性を取り戻すにはそう言う「無為の時間」を持つことがいい。
豊かな感性は余裕を生み、人間関係にも良い影響を及ぼす。

6.人付き合いには大事な原則がある。
論語に出てくる言葉で言えば「恕(じょ)」という。
弟子が孔子に対し「人間が一生守るべき最も大切な事はなんでしょうか」
と質問すると孔子は「それは恕か」と答えた。
恕はこの場合、人を許す、と言う意味になる。


(今日はここから)

(この本では触れていないが、考える、と言うのは脳の前頭野と言う部分で行われる。
この部分は人間の意識を司る(つかさどる)ところだが、ここは脳のごく一部なのだ。
人間は意識するところが脳の全体だ、と逆に思っているが、じつは違う。
実際は無意識のほうが脳の大部分を占めている。
このことはとても重要だ。
我々が考えたりする行為は実は無意識が提供しているものなのだ。
理性と言うのは無意識が支配しているとも言えるのだ。
意識と無意識がやりとりしていると言ってもいい。
例えば心に浮かぶ妄想は無意識が浮かばせているのだ。
花が綺麗だとか、猫が居たら可愛いと思うのは無意識から意識に登ってくるのだ。
禅宗が強調するのはこの無意識を整理整頓しないと心がきちんとしない、と言う事だ。
座禅を組んで妄想をやめて無心に集中すると、意識部分の前頭野を休ませることになる。
そうすると、無意識部分が活性化する。
禅宗の考え方と、大脳生理学や心理学は密接に関係している。
この関係を解説した本を読んだばかりなので次にはその本を紹介したい。
大脳生理学から見ると禅宗の考えかたは理にかなっており、理解も深まる。
なお、無意識には人間の本能を含んでいる。
心に浮かぶものはこういう感情情緒から逃れられない。
意識の側から無意識をコントロールしてバランスを取らないといけない。
このバランスが禅では修行と言い、日常作業を通じて無意識を良い方向に向かわせる作業になる。)


7. 人との付き合いの中で過ちがあった時は、すぐに認める。
友人との間でちょっとした感情の行き違いや言葉の取り違えがあるのは当たり前なことだ。
肝心なのはその後の対応、つまり事後処理が重要だ。
論語に次の言葉がある。
「過ちては改むるに憚ることなかれ」
「過ちて改めざる是を過ちと謂う」
謝罪の鉄則は「すぐに」「直接」謝る、ということです。
今はメールという便利なものがあるが、やはり直接あって伝えることが大切だ。
謝罪だけでなく、感謝の気持も相手と面と向かい合って初めて気持ちが伝わる。

8.禅語に「門を開けば福寿多し」と言う言葉がある。
何もかも包み隠さずあからさまにしてしまえば良いことがたくさんある、という意味だ。
自分には手に負えないトラブルが起きたときなど、 1人で抱え込まずに助けを求めればいい。
手を差し伸べてくれる人は必ずどこかにいるはずです。

9.人は付き合ってる人に生かされ、またその人を生かしてもいる。
禅語では「清風明月を払い、明月清風を払う」という。
持ちつ持たれつ何とかうまくやっていく。
それが人間関係を円滑にする知恵でありコツというものだ。
前出の無財の七施に「心施」という布施行の方法がある。
心施は人のために心を寄せること。
大切な時間を割いて相手の愚痴に耳を傾ける、これも心施だ。
布施行は重要な修行の一つで、自分の心を磨き、度量を広げることにつながる。
タマには同僚のグチを徹底して聞き役に回るのも人間関係には必要だ。

10.人間関係に損得勘定を入れるとギクシャクする。
損得勘定を人間関係の前提にしてはいけない。
それをやると、上下関係、支配非支配の関係になってしまい、活力や輝きを失う。
禅語に「放下着」と言う言葉がある。
何もかも捨ててしまえ、捨てて捨てて、捨て切ってしまえ、と教えている。
良い人間関係に損得勘定のような「ものさし」は必要ないのだ。

(今日はここまで)