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1509-16-777-9/1メルマガブログ転送サヨクは反国連反国際法

メルマガブログ
http://blog.goo.ne.jp/kuranishimasako
バンコク時事周覧

(見出し)
安保法案反対論者は反国連、反米、反国際法

(引用開始)

(前略)
安保関連法案の成立を阻止すべく、野党議員達が取り囲むように委員長に詰め寄る昨晩の光景は、”良識の府”であるはずの参議院のものとも思われません。”平和”を主張しながら暴力に訴える姿に、国民の多くも失望したのではないでしょうか。
 
 ところで、安保関連法案に反対する人々は、当法案が成立するれば、即、日本国が”戦争する国”になるかのように宣伝しています。しかしながら、安保関連法案は、集団的自衛権の行使に関する解釈変更を受けた法整備であり、その真価は、国連や日米同盟といった国際的な協力の下で発揮されます。ですから、日本国が”単独”で何らかの軍事行動を起こすことを可能とするわけではなく、この点、明らかに、安保反対論者は世論をミスリードしています。仮に、安保反対論者が国連や日米同盟において生じる武力行使に反対するとなりますと、その基本的な立場は、反国連であり、反米と解されます。また、集団的自衛権の行使は、国際法における合法行為ですので、侵略に対してこの権限の発動を認めないことは、国際法違反行為を暗に認めることを意味します。治安の維持には警察による力の行使を要するのと同じく、国際社会においても法秩序を守るためには、武力の行使は正当化されているのです。この文脈においては、安保法案反対論者は、反国際法の立場ですらあります。
 
 国連は、様々な欠陥を内包しつつも、普遍的な国際機関として人類に貢献してきましたし、日米同盟は、日本の国と国民の安全を軍事協力によって守ってきました。日本国は、国連、そして、同盟国であるアメリカに対して厚い信頼を置いておりますし、法案は、自動的参戦を定めているわけでもありません。また、日本国は、国際社会における法の支配を標榜し、国際法の整備・発展に尽くしてきました。安保法案反対論者は、こうした戦後の実績を否定し、将来を見据えた国際協力に基づく侵略の排除と平和貢献への道を閉ざそうというのでしょうか。安保反対論者の”独善”、あるいは、”偽善”は、参議院の光景のように、最終的には暴力主義に行き着くのではないかと思うのです。
 

 


(引用終了)

(私のコメント)
> >彼等は実は「憲法9条で平和が守れる」なんてことは信じていない。
>  唯「平和憲法」と言う耳障りの良い言葉を喚きたいだけなのです。 平和憲法でも難民支援でも何でも良いから美しい耳障りの良い言葉を喚くことで、自分達が善人であり、それに反対する人間は悪人だと言う立ち位置を確保したいだけなのです。<
 >
> 前の記事から持ってきましたが、これが肝みたいですね。結局ミンスマスゴミ、大学のセンセイ、テレビコメンテーターみな「こういうぼくちゃん、えらいでしょ」でやっている。思うに学校の優等生でヨイコで誉められたりするのがエライ、という刷り込みをずーと実社会に出てもレーゾン・デートルにしてるのかもしれない。
 > 彼らに義務や責任感、思いやりや感謝を教えるのは相当難しいでしょうね。

 そうです。 ワタシは学習塾の講師をしていた頃思ったのですが、優等生って頭が良いと言うより、素直で親や先生の言う事を良く聞く子なのです。 つまり権威に弱い子なのです。
 
 で、戦前の日本の精神的権威は天皇陛下だったけれど、今の権威は憲法反戦平和や反権力なのです。 だから戦前のインテリが天皇の権威を振り回したように、今のインテリはケンポーや平和を振り回して暴れるのです。
 
 そしてタダそれだけの人間ですから、仰るように義務を守る意思も責任感もありません。
 だからこの手の連中が権力を握ると人を殺す事になるのです。

(引用終)

上記はブログ「よもぎねこです」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5261.html
のコメント欄から引用したものです。
「>彼らは実は…」以下「相当難しいでしょうね」までが私の書き込みコメントです。
そのコメントに対してブログ主が更に答えコメントしたものです。

このエントリーの内容は鬼怒川氾濫に対して当地の市長が適切な対応をしなかったことを批判したものです。
この市長は、護憲派反原発、元学生運動家で父親は社会党国会議員でした。
そこで、次のような記事を書いています。

(一部引用開始)

護憲派サヨクの平和主義者って、安全安心とか命を大切にとか言いますが、しかし政治家としては、必要最低限の事さへできません。
 
 政権に就いた経験が浅く、実務能力が足りないのは仕方がないとも言えます。
 しかし最低限の責任感のある人間なら、経験がなく実務能力が無い状態で、自分の責任での危機的状況に対応を迫られた時には、用心に用心を重ねて必要以上の対応をしてしまいます。

 ところが連中は逆なのです。

 共産党の大島市長は台風を無視して遊び出張に出かけました。
 民主党の農水大臣は口蹄疫の猖獗もなんのその、これまたキューバへ遊び出張に行きました。
 民主党内閣は揃って原子力災害総合防災訓練の事を綺麗に忘れて、せっかく準備してあった防災マニュアルを全部パ~~にして、事故を最悪化させました。
 村山富市阪神淡路大震災の被害映像がテレビで放映されているのをよそに、延々と不急不要の会議を続けて自衛隊の出動を遅らせました。

 自分には経験がない。 だから人一倍用心して、危機に対応しなければ。

 そういう誠意や責任感が彼等には完璧に欠如しているのです。
 
 逆に言えばこうした超無責任で世の中を舐めた人格だから、無責任に綺麗事だけを喚きつづける事ができるのでしょう。
 実際9条教なんか何の根拠もない希望的観測だけで「平和を信じろ」と言う超無責任な代物ですから。

(引用終了)

安保関連法案でも同じような図式が繰り返されているわけです。

(私のコメント終)