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1510-16-800-10/20メルマガブログ転送恩と感謝2

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ヤフー知恵袋
2010/2/2621:37:05

(見出し)

恩と感謝は何が違いますか? お願いします。

(引用開始)
ベストアンサーに選ばれた回答2010/2/2700:27:50

おお、鋭いところに突っ込んで来ますね。
 恩というのは、実は人間同士の関係でのことなんですね。人間同士であるから、つまりこの世は物質世界だから、必ず形を成して返さねばならないものになる。
 感謝というのは、実は真の意味では神に対するものです。自分と言う存在の大元であるから、その関係は感謝し、寿ぎ、賛美するという関係になります。これを返すことは出来ないから。これが形骸化して、人間相手にただお礼を言うだけのものになっているということなんですね。お返しをしない関係だとしていると。
 私はいつも人間は恩義の概念で生きていかなければならないと言っていますが、実はそれが最もまっすぐに行き、最も楽で、最も美しい関係になるからなんです。
 だから理想論というものが大嫌いなんです。「誰にでも優しくなりたい」とか「全ての人間を愛したい」とか。それは恩義から始まっていないから。全員から優しくされ、全員から愛される奴はいないはずだから。結局その理想は、自分が何もしないで済む免罪符にしかならない。憎まないのも愛さないのも、人と関係を作らなければいいんだから。自分の思い通りにならないんだから、最初から何もしないという生き方になる。
 もしくはやろうとしてできなくて、挫折するか、最悪は世界がおかしいという理屈をこねだす。まあ、この理想論の兄弟が人類悪人論なんですけどね。人間は悪だからいなくなればいいという。これも自分が何もしないで済む理屈なんです。
 真に生きようとする人間はそうではない。必ず、自分が受けた恩を感じ、「じゃあ、自分も何かやらなきゃ」という考えに至る。至ったよね。立派に。
 この恩の概念に至った者は、必ず人生を生き切る事ができます。恩返しというのは、人間を強くする力だから。これからもいろいろと苦難に出会ったり、悩むこともあるでしょうが、恩を感じた瞬間に戻れば、いつでも力を得られる。自分のためじゃないんだから、言い訳は通用しないし。辛いから止めようかということにならない。自分の生きる意味になっているから。
 命とはなんなのか。死ぬとはなんなのか。そういうことが見えてくる道なんです。こればかりは誰にも教えられない。自分自身で恩義を感じ、進まなければならない。人間の出発なんですね。
 で、結果論ですが、この恩義の道を行く者は、人生が楽しくてしょうがなくなる。苦難が来ても、どうやって乗り越えるかを考える人間になるから、苦難が苦難でなくなってしまう。自己実現の恩寵になってしまう。それでいて、自分は誰かに恩義を受けてるから、決して思い上がることはない。いつでも、どんなに高みに行ったとしても、そうさせてくれた人間がいるということだから。
 さらに、この恩義の道を進むほど、感謝ということが身に沁みてわかってくる。それが生死の意味を知るということなんです。
 頑張って下さい。

 


(引用終了)


(私のコメント)
逆に感謝しない人とはどういう人か考えてみよう。
他人が自分に何かしてくれて当然だ、と思っている人のことだろう。
例えば、母子家庭で生活保護を受けている女が「私達弱者に何が出来るか国は考えてほしい」と言っていた。
こういう人間は人に依存し、甘えているからその境遇を脱却するのは難しい。
社会や回りの人にいつも不平不満を持ち、文句ばかりになる。
何か面倒が起きると、落ち込んだりふてくされたりする。
ここで言いたいのは、そういう人を非難するのでなく、御恩を感じたり感謝したりすることの方が人生を良い方向に行くことが出来る、と言う事だ。
「有難う」という言葉が対人関係を良くする魔法の言葉だ、という人もいるが、その言葉の背景は感謝だ。

上記の記事を要約しよう。
1.恩は人間同士、感謝は神
2.(博愛のような)理想論から考えるのはダメ、具体的な恩や感謝を元にすべき。
3.自分が恩を受けたら自分も何かする、行動のモチベーションが生まれる。
4.宗教的な高みに人を導いてくれる。

別のブログに「恩と感謝」を簡単に説明したものがあるが、面白い見解だ。

ヨミウリ・オンライン身近な話題から抜粋。

Q;感謝と恩の違いはなんですか。

A1;有難う、が感謝。ずっと忘れない、が恩
A2;親の音に対するこの感謝の気持ち、というような使い分け。
A3;恩とは自分の気持ち、感謝とはそれを形で表すもの
A4;感謝は現金払い、恩は負債。
A5;恩を受けたら感謝する、と言う関係。
  感謝は行動で示すことが大事。行動すると自分の人生がスパイラル的に良くなる。

感謝は現金払いで恩は負債というのは面白いたとえだ。
だが、現代人は恩も感謝も気持ちとして捉えているようだ。
下記の通り、行動が大事だと説く人もいる。

「生くる」執行草舟著という本では感謝は気持ち、恩は行動と言っている。
だから現代は感謝ばかり強調されるが恩の方が重要だ、という。
恩は具体的な対象があり、感謝はそれがない。
感謝が具体的な形を取って実現されたものが恩となる。
恩は具体論として存在し、感謝は抽象論だ。
恩は必ず何らかの形を示して報いなければならない。
「恩返し」「恩送り」がそれを示す言葉だ。

以上だが、この人の話はなかなか厳しい。


昔の武士は「御恩と奉公」が基本道徳だった。
これは鎌倉時代から関東武士の間で起きた徳目だ。
主人が従者に恩(所領など)をかけ、従者は奉公(主人とその組織のために働く)という関係だ。
従者は主人の奴隷というわけでなく、「公」のために働くのだ。
主人が悪い方向に行くなら意見して止めさせないといけない。
これを現代風に双務的な契約関係と捉えると間違える。
背景に仏教的な恩と感謝の思想があって、主従両者を精神的に高みに導いた。
この思想は江戸時代にも儒学などの影響で深くなり、吉田松陰先生まで続いている。

現在の非正規雇用が良くないのは、こういう人間本来のより良い生き方に反するからだ。
人をモノ扱い、コストだけで測るような制度は共産主義と同じで上手く行かないだろう。

(私のコメント終)