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1512-3-837-12/4メルマガブログ転送12/2日本人差別の投稿欄

1512-3-837-12/4メルマガブログ転送12/2日本人差別の投稿欄

優良メルマガブログ紹介
(私のコメント)
「1512-2-836-12/2メルマガブログ転送日本人差別」
http://yomouni.blog.fc2.com/
よもぎねこです
2015-12-01 20:07」

(見出し)
日本人は優位、在日は劣位 上瀧浩子弁護士


このブログのコメント欄はいつも良い投稿があって、愛読してます。
そこで、追加として良いと思う物を選んで送ります。
ここのブログ主は投稿があると一々返事を書いていてそれも面白いから重複するが、載せます。

(私のコメント終)

 

(引用開始)


最低民族日本人に執着する日本人

 日本人こそが最劣位、地球で最も賤しい人種ニダ!弱者に寄り添う優しいウリは違うけど。なんでしょうねえ。

昨日録画したものの整理をしなきゃと途中まで見ていたアウシュビッツユダヤ人楽団の番組を見たんですが(だいたい変な話なのでほんまかいなと思いますが)ゲストに呼ばれていたのが大石芳野という高名な写真家でした。
 「差別はおそろしい・・・最近はヘイトスピーチがひどいでしょう?」とシレっと当時のユダヤ人と現在の在日を同列視していました。

以下 ふらっと 人権情報ネットワーク 多民族共生問題を考える
というインタビュー記事での彼女の日本人のマナーについての発言

「ひどい常識はずれの大人が多いこと。ぶつかって知らん顔をしたり、にらみつけたりは、外国ではあり得ない。たとえば2人掛けの席に先に座っていて、後から座ろうとするとムッとした顔をする人が結構多い。外国では公共のバスや電車、ベンチで詰めるのは当たり前のことです。それと、電車やバスの中で丹念に化粧をする若い女性。私はいつもその人の親はどんな育て方をしたんだろうと親の顔が見たいと思う。そういう人はあいさつもできないし、ありがとうやごめんなさいも言えないのではないかとさえ思ってしまう」
  どんな戦乱の地でも、そうした非常識なことはあり得ない。多くの人々が共に生きる場である社会で、常識を欠いた日本人が多いというのが印象的だという。
「経済的に豊かになれば仕方がないんだと言う人が日本にもいますが、私は違うと思う。豊かな国にも行きますが、息子や娘にそんな躾をしている国民はないですよ。電車の中で化粧をしたって誰にも迷惑がかかるわけじゃない、夜中にそこら辺で寝っころがり、しゃがんでたって誰にも迷惑はかからない。バッグが欲しくて援助交際をしたって減るもんじゃないしと平気になれる。そんな感覚は日本特有のものじゃないでしょうか。」
 
外国ではありえない どんな戦乱の地でもありえない 豊かな国だってそんな躾をしている国民はない バッグがほしくて援助交際は日本特有
ですって。

日本以外の世界は高潔ですよねえ。どこの世界中をまわってこられたんでしょう。( ̄ー ̄)外国の嫌なところは記憶から抹消、日本の欠点は必死になってあげつらう。こういう文章を書いたり載せたり読んだりして喜んでる人たちと、一般日本人の脳を解析して比べてみてほしいもんです。何らかの結果が得られるかもしれませんよね。
2015-12-02 11:06
URL
こきち #97nXsu5.

 (引用終了)

(ブログ主投稿;引用開始)

> 弁護士はサヨクが多いですね。弁護師協会からして左翼ですから。

 これは歴史があって、戦後GHQが日本を統治した時に、大学や言論界から保守系の教授や言論人を全部追い出しました。
 そして代わりにサヨク系の人間を入れたのです。

 実はGHQには共産主義者が沢山入っていました。 ソ連のスパイも沢山いました。 これは後にソ連崩壊後に出た文書で明らかになっています。

 それでアメリカ占領当初はGHQと日本共産党は蜜月状態で、労働組合法などの制定に全て共産党が関わって行ったのです。 そしてその時に労働組合の幹部には共産党関係者が居座る事になりました。
 
 法曹界も同様で、こうしてこの時上層部に入り込んだ左翼が今も居座っているのです。

 民主主義国家では政府は大学や法曹界の人事に簡単に介入できないし、一方大学法学部など教授の弟子がまた教授になると言う事を繰り返すのですから、左翼の再生産が続くのです。
 
 厄介な感染症に感染したようなモノですね。 一度入り込んだ病原菌を追い出すのは容易ではないのです。

2015-12-02 11:56
URL
よもぎねこ #-

 


(ブログ主投稿;引用終了)

 

(ブログ主投稿;引用開始)

2015-12-02 20:46
URL
かんぱち #vF6NeGQU
編集


Re: Twitterといえば・・・

> 私は、Twitterは情報収集でしか使っていなくて、せいぜいリツイートしかしないんですが、何人かのしばき隊関係者にブロックされています。
>
> 昨日、ニコニコ生放送で「ゲンロンカフェ 茂木健一郎×東浩紀 恒例時事対談」というのをやっていたので、はじめの無料部分だけ見ていたのですが、新潟日報の坂本秀樹氏の話からツイッターの話になりました。2人とも「ツイッターが炎上して困る」ということを言っていました。
 >
> そして、私が気になったのが、東氏が茂木氏にふざけて「俺にもブロックリストまわしてよ」と言ったことです。
> 私がニュースなどで知った左翼や在日の人物をフォローしようとすると、時々はじめからブロックされていることがあるのですが、どうやら左翼=在日界隈では、ブロックする人の情報をリストにして共有しているようです。
 
 なるほどね。
 
 どんな相手とでも話せは分かり合えるから軍隊は要らないと言う連中が、ブロックリストを作ってネット上の話し合いさへ拒否ですか?

 まあいかにも連中らしいですね。

 ワタシはツィッターは滅多に使わないのですが、それでも既に李信恵さんにはブロックされています。
 
 きっとワタシもブロックリストに載っているのでしょうね。 
2015-12-02 21:46
URL
よもぎねこ #-

 
(ブログ主投稿;引用終了)


(ブログ主投稿;引用開始)

2015-12-03 11:18
URL
くれない #-
編集


Re: サヨクの観念ゲーム

> サヨク知識人の思考方法は、対立の関係を設定することです。
> 「優位vs劣位」や、「多数者vs少数者」とか。
> この「優位vs劣位」や「多数者vs少数者」の構図は、
> 彼らははっきりとは言いませんが
> そのまま「悪vs善」の対立になっているのです。
>
> そして
> この図式を単純に現実に当てはめて
> 「難民は弱者だから保護しなければならない」
> 「在日外国人に参政権を~ッ!」
> という結論を簡単に導き出すのです。
> (彼らにとっては「善」の側に立って、「悪」と戦っている気分なのでしょう)
>
> 朝日新聞の論調は、よく読むと、この図式の組み合わせでできています。
>
> でも、これって、あくまで図式ですから。
> すなわち観念でしかありませんから。
> だから
> 朝日を筆頭に、サヨク知識人の主張というのは観念の遊戯でしかない場合が多いのです。
> つまり現実的ではないのです。

 元々マルクス史観と言うのは階級闘争と言うモノを基軸にしているのです。 
だから彼等にすれば人間をこのように区分けして、その闘争を煽る、全てを闘争で見ると言うのが至極当然なのでしょう。
 
 これが彼等の世界観そのモノなのです。

 しかし全ての人間を階級など属性で分けるのですから、結局これは差別思想ですよね。
 差別はイケナイと言いながら実は自分達は差別思想にドップリ遣っているのです。

 こんな人間達が奇妙な観念論を振り回しても、結局国民の支持を得られるわけはないのです。


(後略)

(ブログ主投稿;引用終了)


(引用開始)

リベラルの顔をした守旧派

  今の日本で跋扈しているリベラル派というのは、どこを見ればリベラル派なのかといいたくなるような連中ばかりです。安倍首相を「戦犯容疑者の孫」と批判する連中とか、「日本国民は未来永劫アジアに与えた罪を背負わなければならないのだ」とか、どう考えても出自ゆえの責任でしかないでしょう。
  ただ、歴史を見れば、共産主義を名乗る国家で国民の平等を実現した例はほとんどありませんがね、中共でもそうですが、共産主義国家は共産党員という特権階級が労働者を奴隷にしていたのです。しかも反共産党的な発言をすれば反逆罪で収容所送りにしていたのですから、見事に前近代的な社会だったというべきでしょう。
 
 彼らは人権の擁護者という立場にいるので、本来は思想の自由も言論の自由も認めなければならないはずですが、リベラルが社会的優位を獲得した結果、彼らの価値観によって擁護される人権とそうでない人権が区別されるようになってしまいました。
  しかもそれは「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」とかいうもので正当化されているのです。しかし、価値観の多様性を謳って道徳とか常識といった自由を制約する要素をぶっ壊した連中が、自分達に都合のいい道徳とか常識を作り上げているというのは、はたして彼らの行動として矛盾しないのでしょうか。政治的に何が正しいかというのを前提にした社会というのが、果たして自由主義と言えるのかどうか。私には疑問なんですけどね。
2015-12-03 18:47
URL
凍え馬 #-
(引用終了)

(上記投稿に対するブログ主投稿;引用開始)

Re: リベラルの顔をした守旧派

>  今の日本で跋扈しているリベラル派というのは、どこを見ればリベラル派なのかといいたくなるような連中ばかりです。…
 
 そうです。 だから近代合理主義とは程遠い話なのです。

>  ただ、歴史を見れば、共産主義を名乗る国家で国民の平等を実現した例はほとんどありませんがね、
中共でもそうですが、共産主義国家は共産党員という特権階級が労働者を奴隷にしていたのです。…
 
 中国の歴史では均田法など私有財産権の剥奪を基本にした制度を持つ王朝って沢山あるのです。
 中国共産党政権も実はそういう王朝の一つでしょう。

 しかも最も野蛮で悪辣なのです。

>  彼らは人権の擁護者という立場にいるので、本来は思想の自由も言論の自由も認めなければならないはずですが、…

 >  しかもそれは「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」とかいうもので正当化されているのです。…
 
 そこが連中の手前勝手な所で、この上瀧弁護士を見ればわかりますが、自分の気分で勝手に人間を属性によって区分して、優位劣位を決めるのです。 そしてこれまた全部自分の気分で差別とか人権侵害を決めるのです。
 
 こういう人間には何を言っても無駄でしょう。

2015-12-03 19:46
URL
よもぎねこ #-
(引用終了)

(私のコメント)
上記のハンドルネーム「凍え馬」さんのコメントは大変良かったので、ブログを書いていないか検索したが見つからなかった。
だが、ひとつコメントが引っかかったので、転送します。

(引用開始)

 

凍え馬さんのコメントが秀逸だったので拡散します。

「「憲法は国政のよるべき基本法である。政治の方法として民主政治がよいものであるとするならば、
政治こそは国民自身の自由な意思にもとづいて行われなければならない。
ところで、政治のあり方は根本においてその国の憲法によって定められなければならないのであるから、
政治が民主政治であるためには、まず憲法そのものが国民の自由な意思にもとづいて制定されなければならない。」
「中味がよければよいではないかという者もあるようだけれども、この理論を徹底すれば、政治は誰がやってもよい、
中味がよければ外国人がやろうと国民自身がやろうとかまわないということになる。
(中略)これはまさに日本植民地化の思想である。」

 上記は大石義雄教授の『改訂 憲法講義』の一節(p42-43)ですが、
今の護憲派を見てると本当に植民地の被支配民の思考そのものだとよく分かります。
そうだから、国家を乗っ取られるということに関して非常に疎くなるのです。」

大石教授は専門が憲法学で、京都大学名誉教授です。
憲法学の大御所が、こういうことを言ってたんですね。
 
(引用終了)

つまり、国民が先にあって憲法はその下にある、ということでしょう。

「五箇条の御誓文」は天皇明治維新王政復古に際し、基本方針を示したものだ。
御誓文は誰に誓ったかというとご先祖様と日本の神様に誓ったので、天皇が国民に誓ったり与えたものでない。
天皇と国民は神の前にフラットで並んでいるイメージで、これが上記の「自由な意志に基づく制定」に該当する。
日本の神様は日本人が豊かに幸せの暮らすことを願っている存在だから、神様が喜ぶような誓をすべき、と言う前提がある。
前提がそこにあって条文はその後の話だ。
更に五箇条の御誓文は次の文言がある。

一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
 
「今までの悪しき習慣はやめて、国際社会に合った行動をしましょう。」

教科書的には上記のような現代語訳が普通だが、これは 間違いで、「国際社会」でなく文字通り「天地の公道」だ。
この天地の公道が国民や天皇の上にある。神様の上にあるとも言えるかもしれない。
憲法はこの天地の公道の下(又は同等か)の神様の下の国民と天皇の下の更に下にあるのだ。
今の護憲派憲法学者はこれを逆転して憲法を全ての上の置こうとする。
そうすると憲法制定者は神様(天地の公道)の地位と成り、憲法学者はその神の司祭として崇められる。
それをねらっているのだから憲法学者というのは新興宗教みたいなものなのだ。
但し、本人たちはその自覚がないようで最高の理性(勉強秀才)が神と対極にあって考えだしたもの、と信じているヨウダ。

 

(引用開始)
 国民国家においては、伝統的には徴兵制が採用されていました。
これは、国家の存続が国民の相互協力を基礎としている以上、その存続のために国民も協力しなければならないという考え方があったからでしょう。
  さて、徴兵制を採用せずともこれは同じ事が言えると私は考えています。
というのも、福祉制度というのは一種の国民相互の援助という意味合いがあると考えられますが、
「なぜ、面識もない他人の生活を自分達の支払った税金で保障しなければならないのか」ということを突き詰めると、
結局は国民としての連帯という点に求めることになると考えられるからです。
  一方で、福祉制度というのは、国民に一定の義務を課すことをも必要とするわけで、
国民連帯という思想なくしてこれを正当化することは困難です。
国民の福利厚生というのは国民相互の協力がなければなしえないのです。
だからこそ、国籍というのは「私は誰と連帯しているのか」という、相互協力のメンバーのメルクマールとして非常に重要な意味を持つのです。ただし、戦後民主主義者にはこういうことは全く理解されていませんけどね。
2015-12-04 00:11

凍え馬 #-


追記です
 在日韓国人の場合、国籍は韓国にあるわけですから、本来ならば本国の韓国人との間で相互連帯の関係にあるはずです。
しかし徴兵義務をはじめとして在日韓国人は韓国人としての義務をほとんど果たしていないわけですから、
本国の韓国人からすれば何のために韓国籍を保持しているのかという議論になりそうなもんですけどね。
 
 私としては、在日韓国人に対する徴税権を韓国に移管してしまうという協定を韓国との間で結ぶというのはどうかと考えているのです。つまり、在日韓国人所得税は韓国が課すものにしてしまうという、課税権の属地主義の例外を二国間協定によって認めればよいのではないかと思っているのです。これによってどれほどの意味があるのかどうかは分かりませんが、少しは本国在住の韓国人との不公平さを是正しうるのではないかと思います。
2015-12-04 00:34

凍え馬 #-

(引用終了)
国民国家の前提がこれですね。
防衛、納税、など共同体を維持するために相互協力、相互援助が国家の前提です。
そもそも日本に国家ができたのはシナ大陸の政治動向とのかかわり合いから始まっている。
国民国家の始まりであるフランスも外国からの反革命の干渉から団結の必要があって始まった。
国家は団結を前提としたもので、団結の為には「自由、平等、友達愛」が必要なのだ。
今のサヨクのように自由や平等が前提ではない。
軍国主義なんてサヨクは非常に嫌うが、国家は当然軍国主義で、その割合が平時と有事で異なるだけだ。
アメリカの市民権を得るためには次のような誓を行うわけだが、明らかに軍国主義でできている、と言っていいだろう。

(引用)
アメリカ合衆国憲法への忠誠の誓い
-Allegiance to the United States Constitution

◉以前保持したすべての外国への忠誠の放棄の誓い
-Renunciation of allegiance to any foreign country to
which the immigrant has had previous allegiances.

◉国内外の敵からアメリカ合衆国憲法を守る誓い
-Defense of the Constitution against enemies "foreign and domestic"

◉法律が定めた場合、兵役に従事する約束
-Promise to serve in the United States Armed Forces .
when required by law (either combat or non-combat)

◉国家の大事の際、法律が定めた市民としての義務を果たす約束
-Promise to perform civilian duties of "national importance"
when required by law.

余録
「合衆国国旗への忠誠の誓い;
(私はアメリカ合衆国国旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、神の下の分割すべからざる一国家である共和国に、忠誠を誓います)

日本はこれからするともう滅亡して国家がなく成ってしまって、ゾンビのような死に損ないがウロウロしているだけに見える。
まあ、アメリカが衰退すれば、シナの植民地だね。


(私のコメント終)