読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

1608-3-1009-8/13メルマガブログ転送サヨク天皇

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/1
BBの覚醒記録。無知から来る親中親韓から離脱、日本人としての目覚めの記録。
(見出し)

憲法違反「生前退位」の正当化は卑劣でございましょう、天皇陛下 《転載ご自由に》
2016-08-08 | 天皇皇后の左翼化

(私のコメント)
「1608-2-1008-8/12メルマガブログ転送天皇のお言葉は宮廷革命」の続編です。

天皇のお言葉」生前退位事件の本質は何か。
誰がこのシナリオを描いたのか、天皇をあやつる黒幕を考えればその本質が見えてくる。
天皇はすでに80歳、耄碌していてこんな新聞各紙に一面で一斉に書かせて世論を操作するなんて芸当はできない。
それも政府見解に真っ向反対の憲法違反のお言葉だ。
ズバリ結論を言うと要するに「GHQ残置諜者のカトリックミチコの最後の戦い」なのだ。
そして彼女の手下が外務省を牛耳る小和田挑戦人で、この二人がつるんでこの悪事を働いているのだ。
これは日本滅亡に向かう宮廷革命、サヨクが好きなクーデターなのだ。
その証拠にサヨクリベラル陣営が狂喜していて、彼らは突然保守を偽装して「「承詔必謹(しょうしょうひっきん)」などと言って言論弾圧する。
下記のブログ記事はそのサヨクマスゴミの偏向記事を俎上に上げて批判している。
これによってカトリックミチコの革命の本質が分かるだろう。

まあ、冗談半分で言えば、天皇をアメリカの大統領のようにしたいのかもしれない。
とするなら、いかにもGHQの回し者らしい発想だ。

この記事で分かることは、サヨク記事が天皇夫婦の考えていることと同じだ、ということだ。
反日反皇室革命志向の極左の思想がカトリックミチコと耄碌天皇の思想そのものだ、ということがはっきりした、ということだ。
このブログに書かれているような真実が、少しでも日本人の中に浸透することを望むのみだ。
このブログは記事が長いので大きく要約して解説も含めて転載するので、なるべく元記事を読んでください。

(私のコメント終)


(要約引用開始)
サヨク記事;天皇の生前退位は憲法違反だという政府の見解は詭弁だ。天皇にも人権があって退位の自由がある。
反論;天皇は一般人の価値観である人権などというものとは無縁のもの。そのような価値観を認めたら皇室は瓦解する。
サヨク記事;天皇に生まれた、というだけで基本的人権の適用を受けない、というような差別は理由がない。
反論;天皇基本的人権はありません。戸籍がない。不服なら皇室から抜ける自由はある。
サヨク記事;天皇発言で皇室典範改正するなら天皇に政治性が生じる、というのが(政府の)理屈のようだ。
反論;その通り政治的なものだ。天皇もそれを知るから「生前退位」という言葉を使わず、気持ちを察してくれと言っている。
   これは姑息な憲法違反だ。どのように言葉を飾ろうと工夫しようと憲法違反をごまかしている。
サヨク記事;天皇を特別な地位に見立てたいとする保守・反動勢力は、これを許さず、天皇を祭り上げたいという勢力もあります。
反論;天皇が特別な地位である、ということが失われるならそもそも天皇を象徴として特殊な位置に置くことはない。
サヨク記事;なお憲法摂政の規定があるから退位ができないというのは詭弁の類です。
      摂政を置くか退位するかは単なる選択の問題に過ぎないからです。
反論;「摂政を置くか退位するかは単なる選択の問題」ではありません。
   前者は法に規定があり、後者は明らかな憲法違反です。
サヨク記事;今後は、退位の自由を認め、そして皇室離脱の自由こそ認めていくべきものです。
反論;天皇はこの世を去るまで天皇である、という民との合意事項を破棄すれば天皇は単なる役職に過ぎなくなる。
サヨク記事;それにしても摂政とは聖徳太子を彷彿させますが、このような規定はあまりに時代がかっています。
反論;時代がかることを厭うなら、そも2800年間時代がかって成立してきた皇室の存在自体の瓦解です。
サヨク記事;右翼が喜びそうですが、自民党三原じゅん子議員は神武天皇は実在しているとか発言したそうですが、身の毛がよだちます。
反論;「思ってもいいのでは」という答え方を歪曲している。神話とは皇室の権威を担保する合意の約束事で必ずしも実在非実在を問わない。
サヨク記事;元号はおろか皇紀をつかって喜んでいる議員もいました。山谷えり子氏です。世界に通用しない元号など廃止し、西暦で統一すべきです。
反論;元号は単なる数字ではなく、「精神性」であり、皇室を尊崇するという国民の心情的マニフェストです。

ブログ主の最終結論;
最後に来て、左翼のしっぽ(本音)が見えました。
「生前退位」を歓迎しながら、結局のところ彼らが期待するのは、皇族の
果てしない「人間化」であり、堕落であり、最終的に皇室の解体なのです。

(元記事の引用開始)

 

以下、代表的左翼記事からの抜粋です。

h ttp://blogos.com/article/183742/

天皇の生前退位は憲法違反? という政府高官の詭弁 改めて退位の自由を求める

 皇室典範には生前の退位についての規定がないというのがその理由ですが、そもそも天皇自身が退位したいというのに、法の規定がないから退位できないというのも不合理といえば不合理です。

 天皇の意思が一切、考慮されないということになりますから、天皇の人権はどうなるのかとうことです。

BB 天皇は本来、個人的意志を持ちません。人権など認めた途端に、皇室は瓦解する、特殊な場所なのです。戸籍を持たぬ事の意味を考えましょう。
男女同権なども、皇室にはあり得ませんが、一般人の価値観とごっちゃに
して論じるのは左翼ばかりではありません。皇后も皇太子妃もそのお仲間です。

 

 象徴天皇制世襲制という特殊な地位から天皇には憲法上の基本的人権の適用は制限を受けるとされていますが、とはいえたまたま皇室に生まれたというだけで、かかる差別的処遇を受けなければならない合理的な理由はありません。

基本的人権はありません。戸籍がないのだから。それに不服なら、皇太子の時代に皇室から抜ける自由はあります。皇室に居続け、莫大な特権を得ながら、今更差別的処遇も、何もないのです。

 

 略

 天皇が発言したから、皇室典範を改正するとなると、天皇の発言が政治性を帯びるということになるという理屈のようです。

BB その通りです。それを天皇陛下もお分かりだからこそ、「生前退位」という言葉は用いずに、「お気持ち」を勝手に述べ、それに対して政府と国民が「お気持ちを察して」
いいようにしてくれ、という虫のいい要求が「思いの表明」であり、本質的に
姑息な手段でなされる憲法違反です。どう言葉を飾ろうと工夫しようと。
しかも、自らが普段は守れと主張なさっている憲法へのないがしろの仕方。
都合のいい所は守り、自らに不都合を知る箇所は変えてしまえ、というご意見です。

 

 天皇を特別な地位に見立てたいとする保守・反動勢力は、これを許さず、天皇を祭り上げたいという勢力もあります。こういった勢力は生前の退位などもってのほかと考えているようです。

祭り上げるもなにも、それを失くしたらそもそも天皇を象徴として特殊な位置に置くことはありません。かくも「普通の人間」になりたく、またそれを要求なさるなら、得ている特権はすべて手放し、民間にくだればよろしいでしょう。
それこそ、今回の天皇に限り「特例」として。

 

なお憲法摂政の規定があるから退位ができないというのは詭弁の類です。摂政を置くか退位するかは単なる選択の問題に過ぎないからです。

BB 詭弁はいったい、どちらでしょうか。

摂政を置くか退位するかは単なる選択の問題」ではありません。
前者は法に規定があり、後者は明らかな憲法違反です。
平等の選択肢ではありません。

今後は、退位の自由を認め、そして皇室離脱の自由こそ認めていくべきものです。それにしても摂政とは聖徳太子を彷彿させますが、このような規定はあまりに時代がかっています。

 

BB 天皇はこの世を去るまで天皇であるという、民との合意事項を破棄すれば、天皇とは単なる「役職」に堕してしまいます。
時代がかることを厭うなら、そも2800年間時代がかって成立してきた
皇室の存在自体の瓦解です。

 

 右翼が喜びそうですが、自民党三原じゅん子議員は神武天皇は実在しているとか発言したそうですが、身の毛がよだちます。「三原じゅん子氏「神武天皇は実在の人物」と認める 池上彰氏が質問(参院選)」「(池上)――神武天皇は実在の人物だったという認識なんでしょうか?(三原)そうですね。いろんなお考えがあるかもしれませんけど、私はそういう風に思ってもいいのではないかと思っています。」

BB 「思ってもいいのでは」という答え方と、神武天皇が実在していたという断言とは明らかに、ニュアンスが異なります。
神話というのは、皇室の権威という形而上的価値観を担保する、「合意の約束事」であり、必ずしもその実在、非実在を問いません。

 

元号はおろか皇紀をつかって喜んでいる議員もいました。山谷えり子氏です。

「「建国記念日」に安倍総理がメッセージ どこまで右転落していくやら」
皇紀なんて論外ですが、元号も頻繁に変更されても不便この上もないものです。
世界に通用しない元号など廃止し、西暦で統一すべきです。

BB 元号は単なる数字ではなく、「精神性」であり、皇室を尊崇するという国民の
心情的マニフェストです。

最後に来て、左翼のしっぽ(本音)が見えました。
「生前退位」を歓迎しながら、結局のところ彼らが期待するのは、皇族の
果てしない「人間化」であり、堕落であり、最終的に皇室の解体なのです。

 
(引用終了)