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(見出し)
『 日本は国際化しなければならないと言われて久しい。しかし、国際化する前に【日本人がまず国際人とならなければならない】。
【国際人になるためには世界のタブーを知らなければならない】。


日本に多くのタブーがあるように世界にはなお多くのタブーがあるが、そのうちの【最も典型的なもの】は【ユダヤ問題】である。


アーサー・ケストラーの『第十三支族』(本書の原題)】は、その【ユダヤ問題にユダヤ内部から光を当てたもの】である。
ユダヤ人のユダヤ人による告白】とでも言おうか。


(私のコメント)
ユダヤ人とユダヤ教は西欧社会を知るうえで不可欠の知識だ。
現在でもユダヤ教キリスト教の確執は続いていて、新しい国際情勢を理解する上でも必要だ。
(前回の要約)
ユダヤ人は聖書には民族として出てくるが、実際は民族でなく宗教団体だ。
ユダヤ人】には【2つの種類】があり、一つは【アシュケナージ】のユダヤ人、
もう一つは【スファラディ】のユダヤ人である。
アシュケナージ】のユダヤ人は、中央アジアに住んでいたカザール人だ。
彼らはローマ帝国キリスト教が勢力を伸ばした時、キリスト教を嫌ってその元であるユダヤ教を選んで信仰することにした。
その後、元(モンゴル)の騎馬軍団に追われてヨーロッパ大陸に散らばって移住した。
彼らは異民族の中で暮らすために、医者とか先生とか金融商業などの知識労働に従事した。
この為、子供を徹底的に鍛えて頭脳労働に耐える人間を作った。
彼らは頭が良いが、それは子供を徹底的に鍛えてそれを何代も続けたせいだ。
一方の【スファラディユダヤ人とは、旧約聖書に出てくるアブラハムの子孫だ。
彼らは、スペインに居て、スペインの繁栄をもたらし、カトリックに追われてオランダに移住した。
だが主力は北アフリカに移住したから日本人にはあまりなじみがない。
つい最近のイスラエル建国まで両方のユダヤ人は全く別の世界で生きてきた。
現在90%がアシュケナージ、10%がスファラディだ。
彼らは水と油のような関係なのだが、表には出さないで暗黙の裡に共存している。
我々が国際社会で目にするユダヤ人は聖書に出てくるユダヤ人とは違うのだ、ということをまず知っておこう。
近代のユダヤ問題は殆どアシュケナージによって引き起こされた。

(要約終)
今回の記事では、アシュケナージユダヤ人とスファラディユダヤ人の違いはどこか、という点が書かれている。
その違いは、アシュケナージユダヤ人は「タルムード」という独特の経典を持っていて、それを信奉する、ということだ。
本来のユダヤ教は聖書の旧約聖書を母体としていて、アシュケナージもそれを読むのだが、タルムードを元に読むのだ。
では、タルムードとはどんなものか。
それはユダヤ人の選民思想が書かれているものだ。
この為、各民族から迫害を受けることになってしまった。
現在は迫害を受けた哀れな民族、ということになっているが、実際のユダヤ人は違う思想を持っている。
それを西洋人たちは知っているが、口には出さず暗黙の常識として理解しており、日本人はそれを知らない。

(私のコメント終)
(引用開始)

ヤコブヘブライ語: ????ヤアコーブ、アラビア語: ?????}ヤアコーブ、羅: Jacob)は、旧約聖書の創世記に登場するヘブライ人の族長。
別名をイスラエルといい、イスラエルの民すなわちユダヤ人はみなヤコブの子孫を称する。

『 ここで整理しておかなければならない。【ユダヤ人】とは【民族を指していない】ことは明らかである。
なぜなら、【血縁的にまったく関係のない2つの民族】が【ともにユダヤ人と称しているから】である。

【ではユダヤ人とは何か】。
 それは【宗教集団】、ないしは【宗教グループ】と考えれば妥当であろう。
日本では一般に、【ユダヤ教】は【旧約聖書】から来ていると考えられている。そして多くの人々は、【キリスト教】とは旧約聖書だけでなく【新約聖書】も神の言葉とし、【イエス】を旧約聖書に書かれている通りの【救世主】すなわち【メシア】とするもの、そしてユダヤ教はイエスはメシアではなく、まったく別のメシアがユダヤ人のためにやって来ると信じているものと考えている。

 しかし、【これはまったく異なる】。【ユダヤ教】は旧約聖書を母体としているのではなく、【「タムルード」が源泉】なのである。
するとある人々は言うだろう。ユダヤ人たちも旧約聖書、中でも【モーセ五書】と言われる【トーラー】を読んでいるではないかと。トーラーとは旧約聖書の初めにある5つの書のことである。

 確かに【ユダヤ人たち】はこれを読んでいる。しかし彼らは【色眼鏡をかけて読んでおり】、【旧約聖書そのものを読んでいるわけではない】。ではどのような【色眼鏡】なのか。それは【「タムルード」】である。
【「タムルード」】が書物の形をとったのは紀元後であるが、【タムルード的影響】はすでに【イエスのいた時代に存在】していた。【タムルード的影響の出発点】はどこか。それは【バビロン宗教】にさかのぼらなければならない。
紀元前586年、【バビロン】によって【ユダヤ王国は崩壊】し、彼らはバビロンに連れていかれ、長きにわたって【捕囚】の身に置かれた。後に解放されてイスラエルに帰ってくるが、彼らはただ帰ってきたのではない。【かつては旧約聖書のみを信奉していた彼ら】が、【バビロンの宗教の影響】を【もろに受けていた】のである。それがやがて【「タムルード」という形】をとっていく。
【「タムルード」】は【ユダヤ人】は【特別な選民であると強調】する。
そして【自分達だけが人間】で、【他の民族ははるかに下等な者】であると繰り返し述べている。「タムルード」は他の民族すなわち【異邦人を「ゴイム」】と言っているが、それは単なる動物という意味ではなく、【彼らの軽蔑する「豚」という響き】を持っているのである。
【イエス】はこの【バビロン宗教の影響を受けたユダヤ人達】、中でも【その指導者達】を【徹底的に糾弾】した。【新約聖書にその様子が記録】されている。【パリサイ人、律法学者】とはその【当時のユダヤ人の指導者を指した言葉】であった。
糾弾されたパリサイ人や律法学者達は、イエスを憎みかつ妬み、やがて十字架刑に追いやったのである。【新約聖書】とは【旧約聖書そのものの立場にたつイエス】と、【タムルード的発想になってしまったユダヤの指導者達】との【対決の記録】とも言えるだろうか。
それから約40年後の紀元70年、【ローマ帝国】によって【ユダヤの国は完全に崩壊】した。

 先ほども述べたようにユダヤ人達は全世界に散らされたが、【パリサイ人や律法学者】と言われるユダヤの指導者達は【再びバビロンの地へ】と帰っていった。そして500年の歳月が流れて、【そのバビロンで「タムルード」は書物の形をとる】ようになった。
中央アジアにいた【カザール人達】が【ユダヤ教接触】したのは【それ以後のこと】である。したがって【彼らは旧約聖書を知ったのではなく、タムルードに接した】。【「タムルード」という色眼鏡】をかけて後、旧約聖書を読むようになったのである。【アシュケナージユダヤ人】は、自分達にとって【何よりも大切な経典は「タムルード」】だと言ってはばかることはない。
自分達だけが人間であり他の民族は動物であるとする彼らを、後に【マルチン・ルター】は批判して次のように言っている。

「 彼らの【『タムルード』】は、【ユダヤ人が異邦人を殺しても殺人罪にはならない】が、ユダヤの同胞を殺すなら罪になると書いてある。
【彼らが異邦人との誓いを守らなくても罪にはならない】。それゆえに彼らが高利貸しをしてうまくやっているように、
【異邦人から盗んだり奪ったりすることは神への奉仕】であると考えている。
ということは、彼らは【高貴な血の割礼を受けた特別な民族でいると思い込んでいる】のだ」
なぜ【ユダヤ人達】は【ヨーロッパで迫害】を受け、【ユダヤ問題】は【タブー】となったのか。
このマルチン・ルターの言葉によって【明白】ではないか。
【宗教集団】が【自らが絶対】であり、【他の民族が劣等】であると考え出したなら、【当然摩擦が起こる】だろう。
しかし【その摩擦】は【現在】においても、【ヨーロッパさらにはアメリカにおいて厳然と存在する】。
特に第二次世界大戦中、【アシュケナージユダヤ人達】はドイツから激しい迫害を受け、虐殺もされた。
それゆえ【戦後】、【彼ら】は【自分達は哀れな民族】であり、【迫害され続けた民族】だということを【キャッチフレーズにする】ようになった。
【なぜ迫害されるようになったのか】を【彼らは隠した】。
しかし、【欧米人達】は【その理由を知っている】。知っていても、
【それに触れるなら反ユダヤとしてマスコミで非難され叩かれる】ために、彼らは【口に出さない】。
それゆえ、【ユダヤ問題】は【タブー】なのである。
宗教集団がその信条を世界の片隅で守っているなら何の問題もない。
しかし【ユダヤ人】の場合は、【マスコミ】は言うに及ばず、【金融】、【政治経済】に至るまで
【甚大な力を世界的な規模で持つ】ようになったのである。そしてその波はすでに日本にまで及んでいる。

 それゆえ【日本人】が【国際人となるため】には、
【このユダヤ問題というタブーを欧米人達が理解しているように理解しておかなければならない時期が来ている】のである。

 欧米人達が宗教的衝突の中で血を流したことは残念である。日本人がそれを真似る必要はどこにもないが、
【真実を知っておくこと】は【今の日本および日本人にとって最も大切なこと】ではないか。』
いかがでしょうか?

今回ご紹介させていただく書物は、1990年(平成2年)に発行されたもので、約30年ほど前の書物になりますが、
その原書が出版されたのは1977年(昭和52年)で約40年ほど前になります。
そして本書は、ユダヤ人によって書かれたユダヤ人に関する書物であり、その歴史的背景や、
西洋近代以降、現在に至るまで数々の諸問題を生じさせてきた「元凶」である、
問題となる「2つの異なるユダヤ人」についての解説がなされており、いわゆる「ユダヤ人」について体系的に学ぶことができる良書となります。
さて、ご紹介させていた部分に、「ユダヤ問題」の核心が書かれていましたが、日本の学校教育では、
「国際化」とか「グローバル」と謳っている割には、この国際的に最も重要な「ユダヤ人問題」について教えることはありません。
順を追ってご説明いたしますと、『旧約聖書』は、ユダヤ教キリスト教の正典であり、イスラム教もその一部を啓典としていますが、
その冒頭「創世記」には、「神さまが世界を創った」と書かれていて、それを信じているようなのですが、私たち日本人からすると、
「そんな馬鹿なことがあるか!」って思うところでも、それを「本当のことだ」と信じている、信じられるからこそ、ユダヤ教徒であり、
キリスト教徒であり、イスラム教徒であるわけで、信じていないのであれば、むしろ信者ではありません。
で、それがいつ頃なのかと申しますと、西暦2018年の今は、ユダヤ歴で言うところの「5779年」ですので、
今から約5800年ほど前のことだとされています。

***


(引用終了)