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国家の重要性と自由1501-17-606-1/22

http://asread.info/archives/1445
高木克俊
(見出し)
「厄介な民間企業信仰~国家戦略において成功した起業家の判断は正しいのか?~」

(引用開始)

***(前略)

こちらの動画はホリエモン茂木健一郎氏の対談なのですが、この動画の中でホリエモンは「日本を溶かしたい」と述べています。
 
要は、現在の国民国家のシステムは国民の幸福に寄与していないということで、そのような個人を幸福にしないシステムである国民国家を溶解させたいということだそうです。そのためには、公務員を減らし、法律もどんどん減らしていくことで国家による個人の抑圧を減らし、個人が自由に活動できるようにするべきだというのですが、果たして本当に、国家をなくすことが国民を幸せにするのでしょうか、特に日本をなくすことが日本国民を幸せにするのでしょうか?私には非常に疑問に思えます。


○そもそも国家の役割とは?

そもそも、国民国家とは何ぞやと考えた時に、一つはやはり戦力の単位であると考えるべきでしょう。特に、かつて明治時代に欧米列強の脅威にさらされてきた日本にとって、近代化、国民国家化とは、ほとんど防衛体制の強化とイコールであったと言っても過言ではありません。事実、国民国家の形成に失敗したアジア諸国は、ことごとく欧米列強に植民地支配されるという苦難を経験しました。欧米列強の支配に抵抗する手段は国力、特に防衛力の強化であり、防衛力の強化のためには国民国家の形成が不可欠だったのです。

○何故中国はアヘン戦争に敗北したか?


では、何故、防衛力の強化と国民国家の形成にはそれほど密接な関係があるのでしょうか?このような問題を考える上で非常に参考になるのは1840年に行われた清とイギリスの間のアヘン戦争です。当時のイギリスは、茶、陶磁器、絹を大量に清から輸入していましたが、銀の国外流出を抑制する政策をとっていたため、輸入の超過分を相殺するためにインドで栽培したアヘンを清へ輸出していました。しかし、清がアヘンの輸入を拒否したためにイギリスは軍艦を中国に送り出しアヘン戦争となります。清は当時4億から5億人の国民がいる当時から最大の人口大国だったのですが、イギリスが送り出した軍艦と4千人程度の兵士に屈服することになります。
 
これって、少し考えてみると不思議ですよね。よく言われるのは技術力の差というものですが、そもそも数十隻程度の軍艦で4億や5億の国民を全て打ち倒すことなど出来るはずがないわけです。しかし、現実にはイギリスは数十隻程度の軍艦と4千人程度の兵士を送り出すことで清に打ち勝ってしまっています。
 
何故、清は敗北したのか?ここで出てくるのが国民国家という問題です。実は、国民国家が成立していなかった当時の日本や清には、そもそも戦争遂行能力がなかったのですね。まず、近代国家ではないので兵隊が動員できません。さらに、戦費の調達も出来ません。それに対して、イギリスはアヘン戦争で艦隊を動かすことを議会で決定しています、国民の総意で戦争をしているのです。なので、仮にイギリスが送り出した何隻かの軍艦を清が打ち倒しても、もう一度軍艦を送り出すことができ、それをさらに打ち倒されても何度でも送り出せる上に、そのための資金を税金を徴収したり、国債を発行することで国中からお金を集めて戦争を遂行出来ます。つまり、国民国家が成立していたイギリスは、中央政府が権力を用いてマンパワー資金を動員する体制を持っていたのに対して、日本や清はそのような体制を持っていなかったのです。


国民国家のみが、バラバラの個人では乗り越えられない困難に対抗できる


ここから、学べる教訓は明らかです。4億から5億人の統一した目的のないバラバラな個人よりも、国家によって明確な一つの目的を与えられた4千人の国民つまり、国民国家における兵士の方が、戦争に打ち勝つために結束し、より強いパワーを発揮できるのですね。つまり国家は、バラバラな個人では対応できない困難を乗り越えるパワーを持っている、言い換えるなら、個人では乗り越えられない困難に対抗するために国民のパワーを結集させることが出来るのです。
***(中略)
カナダのマギル大学経営大学院教授のヘンリー・ミンツバーグは『戦略サファリ』という本の中で、成功した起業家の特徴の一つとして、反権威主義、権威への憤りというものを挙げていますが、このような国家の役割そのものを否定するような、反権威主義的な発想からは、現在の深刻なデフレ不況、つまり通常の不況ではなく、自然な景気循環のサイクルや、企業や家計の意識変化だけでは決して乗り越えられない恐慌一歩手前にあるような不況状況を乗り越えるための知恵は決して生まれてき得ません。
 
ですので、現在の深刻な不況状況を乗り越えるためには、政府が正しい経済政策を遂行すると共に、「悪しき政府と善良な市民」という単純な二項対立や、政治家や官僚を全くの無能力者とみなし、成功した起業家や経営者を万能の救世主として神聖視するような民間企業信仰とでも呼ぶべき考え方から脱却する必要があるのです。

 

(私のコメント)
アヘン戦争の時、イギリスの兵隊が上陸して田畑を荒らしたのに対しそこの農民が武器を持って立ち上がり、
兵隊を追い払った事例がある。
イギリス兵は直ぐ退却して農民と争わなかった。
農民も自分たちの田畑が無事なら追わなかった。
農民には国家という概念がなく、国家が自分たちを守ってくれるという認識もなかった。
結果的に清王朝が崩壊して流民が発生し、田畑は荒れてしまった。
結局のところ、人間は国家というものから逃れられないようだ。
だから国家を敵視するホリエモンのような人間は気をつけたほうがいい。
彼は国家を個人の下において利用したいのだ。
勿論本人に言ったら否定するだろうがね。
彼の反対の極に居るのが明治維新の志士たちだ。
比べてみると、違いがよく分かる。
彼ら志士たちは国家のために自分が何をすべきか、何が正しいか、「義」をもって行動した。
国家や義が上にあって自分はその下の存在だった。
志士たちも当時の徳川幕府を無くしたいと思っていたのだからその点ではホリエモンと同じだ。
だが、目指すものは全く違う。
志士たちは強い国家、団結した国家を目指したが、ホリエモンは限りなく弱い国家、バラバラな国家がいいと言っている。

ホリエモンは自由がいいというが、自由とは秩序や責任の元で存在するもので我儘なことではない。
また、「~からの自由」のことを消極的自由というがホリエモンの言う自由はそのことのように思われる。
ということは彼は逆に今の日本にこだわっていてそこから逃れられないのだ。
消極的自由の反対は積極的自由だが、これは「~への自由」と云われ、「主体が自らの必然にしたがって決定できること」
と定義されている。
吉田松陰先生は自らの決定に従って命を投げ出したが、これが積極的自由というものだ。
明治維新の志士たちはこの積極的自由というものを存分に発揮したのだ。
そのがホリエモンと違うところだ。


(私のコメント終)