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くらえもんの気ままに独り言
(見出し)
Fの世界・第4回『銀河系No.2の星』(21エモン

(引用開始)
 今回は藤子F不二雄先生の作品を紹介する【Fの世界】のコーナーをお送りします。

 前回まではF先生の短編作品を紹介しましたが、今回は「21エモン」という作品の中から『銀河系No.2の星』という話を取り上げたいと思います。この「21エモン」はアニメ化もされた作品なのでご存知の方も多いのではないかと思いますが、原作では前半と後半で話の内容が大きく違うのが特徴です。
 作中では色んな星から宇宙人が地球にやってくるのが日常になっているのですが、前半では主人公の21エモンの実家が経営しているホテルに色んな星から色んな客がやってきてはドタバタ劇を繰り広げるというパターンになっており、後半では21エモン宇宙旅行をして様々な星でドタバタ劇に巻き込まれるというパターンになっております。

 今回取り上げる話は後半の宇宙旅行編の一部ということになります。ちなみにこの宇宙旅行のメンバーは21エモン宇宙生物モンガーと芋掘りロボットのゴンスケの3名です。(細かい設定の説明は省略します)

 ちなみに今回の話は1969年の「週刊少年サンデー」第1号に掲載されておりました。

 それでは以下、簡単にあらすじを解説します。 (ネタバレ注意)

 冒頭、21エモンは銀河系で二番目に科学文明の発達したボタンポン星に興味を持ち、行ってみることにします。
 しかし、どこを見渡しても人間がいません。21エモン一行の相手をするのはロボットばかりです。もちろん街を歩くのもロボットばかり。
 その時、空飛ぶ目と口が現れて、足で歩いている21エモンたちを馬鹿にします。
 どうやら、彼らはボタンポン星人だったようで、身体は家にあるようで、外出時は必要な体のパーツを切り離して飛ばすことができるとのこと。
 そして、ボタンポン星では部屋に座ったまますべての用をボタン一つでたせるので、商店などは存在しないようです。
 観光スポットもないため退屈を感じる21エモン一行ですが、同じく退屈を感じている老人の集団を発見します。彼らはみな0次元というところへ向かっているとのこと。ボタンポン星では医学が発達しすぎて、人間が何千年経っても死なないのだと。そこで、人生に飽きた人間を消滅させるための施設が0次元という場所のようです。(観光スポットか何かと思って間違って0次元までついてきた21エモンたちは慌てて脱出します。)
 次に訪れたのがホテルなのですが、ここもボタンを押すだけですべてのことができるので、従業員はおりません。(食事を口に入れてカミカミさせるのも機械がやってくれます。)
 21エモンたちはボタンの使い方に苦戦して、ひどい目にあいますが、最後にはボタン押しロボットが登場します。しかし、21エモンの洋服についたボタンを見て見慣れないボタンに悩んだロボットは煙を吹いてパンクしようってところでこの話は終了します。

 一生部屋の椅子に座っているだけで何不自由なく生活できるって、みなさんいかがですか?しかも高度な医学のおかげで病気にもならないと。

 はっきり言って……

 発狂しますわ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


 技術の発達、文明の発展を無条件で礼賛するような風潮がある現代ですが、何も考えずにそれを追い求めると、そこに待っているのは虚無しかないというわけですね。

 詳しい描写はありませんでしたが、ボタンポン星では仕事は全部ロボットがやってくれるので、ボタンポン星人は働かなくても特に不自由なく生活ができるというわけですね。
 そして、おそらくすべての物がタダで手に入るのでしょう。これは供給力=∞による究極のデフレの形態とも言えそうです。

 これって幸せなのでしょうか?

 文明の発達とともに、無限の供給力とともに何かを失っていやしまいか?

 そして、それは人間を人間たらしめるのに重要なものではないのか?

 『国家のツジツマ』の中で中野剛志氏も言っておりましたが、文化が発展すればそれに伴って文明が発展することはあるが、文明が発展しても文化が発展するとは限らないと。しかも、後者のケースは非常によくないと。

『国家のツジツマ』 佐藤健志・中野剛志
その3http://ameblo.jp/claemonstar/entry-11805948419.html

 技術文明が発展するほど人間が劣化している現代。裏を返せば、人間の発達が伴わない技術の進歩は人類にとって悪影響なのかもしれません。そして、本作品のように極端なところまで行き着くと、最後には虚無のみが残り、飽きたら処理してもらうだけの人生ということになってしまうのではないでしょうか。

 文明の没落期には新技術への熱狂と新宗教への昂揚が現出する(byシュペングラー)


 さて、今回の話が『銀河系No.2の星』ということですが、次に21エモンが向かったのは銀河系No.1の星であるボタンチラリ星でした(もはやボタンを「押す」必要すらないと)。

 というわけで、続きは次回。


(引用終了)

(私のコメント)

自動車の自動運転やリニアモーターカーなど文明は限りなく進歩していくように見える。
その進歩を遅らせたり方向を決めたりしてコントロールすることは大変困難に見える。
文明の発展に伴ってそれをコントロールする文化も発展すれば良いのだが、文化の発展は非常に難しい。

ところで、文化の定義はいろいろあるが、一口にいえば人間の生活様式の全体のことをいう。
生活様式とは人間の知的、精神的成果である芸術文学などを含め、ある社会の成員が共有している行動様式、過去から築き上げてきた成果の総体のことである。
定義というと難しい事になるが、文化とは「遊び」だ、という人も居るが、この方がわかりやすい。
平安貴族や江戸時代など経済的な余裕が生まれた人々から文化が発達しているのでこの考え方も正しいだろう。
上記の漫画のように科学技術だけが進んでしまった世の中は何か薄気味悪い。
私が中山道を歩くのは街道に残っている古い昔からの文化に触れる方が新幹線で早く目的地に着くより価値があるように思えるからだ。
人間は文明の中で生きるのでなく、文化の中で生きるだからその方がしっくりくる。
そうはいっても文明はどんどん進むから、文明の発達をうまく文化の中に取り入れていく必要がある。
そうすると例えば「人間にとって何が幸か」というような質問が出てくるだろう。
そういうことを考えるのが哲学と言う学問の研究分野だから、今後ますます哲学が大切だということになるわけだ。

なお上記の『国家のツジツマ』という本は大変面白い本で私も読んだが、ブログ主が要約解説しているので要点を書き出してみよう。
これも一種の哲学的な現状を深く追及した本だから本だから、勉強しておこう。

(要約して引用)
・『国家のツジツマ』 佐藤健志・中野剛志
その1http://ameblo.jp/claemonstar/entry-11803656570.html
その2http://ameblo.jp/claemonstar/entry-11803853072.html
その3http://ameblo.jp/claemonstar/entry-11805948419.html
その4http://ameblo.jp/claemonstar/entry-11806176804.html

『国家のツジツマ』・その1
・自分の価値観や思想がどんなものか自覚してないものは、自分が無意識的に信奉する価値観や思想が唯一の審議と思い込んでしまう。
だから無意識のビジョンを信じている人はそこから外れた意見を聴くと考えようとせず単に切れてしまう。
(脳科学から言えば意識野と無意識野の違いが判らないと自分の情動を理性と勘違いすることを言うのだろう。
無意識野は色々なデータを意識野にあげてくる。
感情的な場合や思い込みで間違うこともあるのだから意識野に上がってきたものをもう一度吟味しないといけないのだ。
しかし頭の良い勉強秀才などは自分に自信があるから却ってそういうことをせず失敗したり間違えたりする。)
・現実世界も自分の人生も何らかのイデオロギーによるフィルターがかかった1種の物語だ。
その物語が正しいかどうかはわからないのだ。
では物語が正しいかどうか見分ける目安は何か。
2つの要素があって1つは「複雑で単純すぎないこと」もう一つは「つじつまが合っていること、支離滅裂でない事」だ。
・何事も完璧なものはない。すべてのものには短所と長所がある。
(短所と長所を見比べながら判断していくことが必要だ。)

『国家のツジツマ』・その2
・ある物語が通用しなくなったとき、すべてを捨てて1から作り直せば良い、と考えるのが進歩主義、合理主義だ。
進歩主義を肯定的に捉えるから現状をぶっこわせば、必ず良いものが作られる、先ずぶっ壊せ、という考え方だ。
(ある物語が行き詰まったとき今までの物語の長所を生かしてなるべく修正部分を少なく変革しようとするのが保守主義だ。
新しいものが必ずしも良いものでない、人間は先のことはわからない、と言う懐疑的な考えを基本にしている。
前回のメールで書いた「レールを壊せ」というのも合理主義、進歩主義から来ているから失敗するだろう。)
・ 17世紀のヨーロッパでは血みどろの宗教戦争があってこれを収集するために宗教の代わりに理性を人々の共通の基盤としようとした。
ここから合理主義が生まれた。
・合理主義は18世紀の産業革命フランス革命などで混乱し、それに対抗するブレーキの意味で保守主義が生まれた。
なお合理主義は二元論的思考が特徴となっている。
二元論とはつまり、天使と悪魔というような物語図式のことだ)
・合理主義がなぜフランス革命の庶民の困難苦しみを招いたかというと「理性の力で理想的な社会を作れる、人間は必ず進歩する」と考えたからだ。
・イギリスは合理主義によって産業革命を起こしたが、その反面悲惨な労働者やデフレ不況を招いた。
合理主義が人々を幸せにする、文明の発達が人々を幸せにする、という考え方は間違っていたのだ。
・こういう現実に対応する思想として生まれてきたのが社会主義自由主義保守主義だ。
政府の介入を否定する自由主義者と全面的に介入する社会主義、適度に介入する保守主義、と分類すればわかりやすいだろう。
・はじまりは自由主義で政府は市場に介入しない、市場に任せれば良いと言う自由主義で行われたが、弱肉強食で悲惨な労働者が生まれた。
その自由主義の暴走を止めるために社会主義保守主義が生まれてきた。
そして自由主義を政府の力で押さえ込んだのだが、今度は社会主義が蔓延した。
社会主義は政府が社会を完璧にコントロールすればより良い社会になれる、という考えだ。
合理主義の観点から見ると社会主義自由主義は基本的に同じ立場に立っている。
社会主義共産主義国家がたくさん出来たりして非常に力をつけたため、保守主義自由主義と結びついてそれに対抗した。
社会主義は自滅して滅びたが今度は自由主義が一気に拡大し現在に至っている。
そして今の社会の行き詰まりはこの自由主義による弊害によっている。
だから18世紀イギリスの産業革命の時と似たような悲惨な労働者が生まれ、社会が疲弊して貧富の差が広がる社会になっている。
早く自由主義を退場させ保守主義つまり政府の適度な介入を行う社会にすべきなのだ。
(適度な介入とはつまり政治の力だから合理主義でない部分も生まれる)

『国家のツジツマ』・その3
・文化は精神性、文明は技術的なものと考えれば、文化が発達すれば文明も発達するが、文化が発達しないのに文明が発達することもある。
最近では文明が発達するほどに文化が衰退していっていると考えられる。
・西洋から文明のみを日本に取り入れた明治期は文化と乖離した文明を取り入れた。
表面的で、西洋独自の技術を真に学ぶには西洋の心も身につける必要があったのではないか。
和魂洋才でいこうとして、実際には無魂洋才となってしまった。
結局、西洋文明の本質的なところを理解せず表面的なところだけ理解して、全てを理解した気になっていてはいけなかったのだ。
社会主義はよくなさそう、自由主義大恐慌でダメ、保守主義明治維新以降成り立ちえないという状況で残されたのは、
帝国主義国家主義的な道だった。
明治維新の最初から矛盾を抱え込んでいたので、そこから抜け出せず敗戦となり、戦前の物語はおわった。
そして敗戦の屈辱と本土決戦(自滅)への願望を封印するために作られたのが戦後の平和主義ファンタジー物語だ。
・今後はこれらの矛盾に対し、つじつまの合った物語を考えないといけない。
(というが、かなり難しいだろう。世の中は矛盾の上に成り立っている、といってもいいくらいだからだ。)

『国家のツジツマ』・その4

・矛盾を抱えて戦争に突っ込んで、終わり方もよくなかった。
そこで、敗戦後は戦前と戦後は別物と捉えずにはいられなかった。
「戦前は軍国主義で悪い日本だった、戦後は良い世の中だ」で納得させたのだ。
ところが近頃は「戦後日本はアメリカに骨抜きにされてダメになった、戦前は良かったのだ。」という意見も出てきた。
・戦後日本は華麗なる負け惜しみだという。
戦後の日本人は「アメリカという真の日本が勝ったから、日本は勝ったのだ」という負け惜しみ解釈だ。
つまり、第二アメリカ人に転換して戦前の日本人を敵として戦い勝利した、と言うような物語図式だ。
戦後、卑怯にも蝙蝠のように勝った方に味方するというよりもそのものに擬態したのだ。
これがファンタジー戦後史だ。
・アメリカと同化してしまえば万事解決矛盾なし、と思い込んでこれまで来たが、これにほころびが出てきているのが現状だ。
敗戦の記憶が現在の繁栄に対して何かというと出てきて後ろめたい気分にさせられる。
ごまかしの二枚舌の上につかんだ繁栄と平和は率直に喜べず、精神衛生上よくない状態が続く。
そのために、日本人の深層心理にはやはり破滅願望があるという。
・西洋的な文明の発達は日本文化の否定とならざるを得ない状態の日本。文明開化のツケがここでも後を引いてしまう。
まず、ガラガラポンに頼らない形でツジツマの合った物語を再構築する必要がある。
保守主義の基本姿勢は簡単にまとめると暴走を食い止める役割というところにある。
・封印した体験に向き合い、近代以降矛盾を抱えてきたことをまずは認識しなければならない。
そして、破壊願望が潜んでいることを自覚し、コントロールしなければならない。
問題を解決するには問題を認識するところから始めないといけない。
・ツジツマを合わせなくてはならないが、理性にのみ頼ってはいけない。
理性に頼ると最後にはガラガラポンしようって展開に行きつく。
ここで、頼りにするのが信仰と中野氏は述べている。
対象はキリストであったり、ゴジラであったり、お天道さんだったり何でもよいが、
自分を滅ぼすことも可能な何かの存在を自覚することが大事。

(元記事引用)

 さぁ、これで一通り本書を読み終わったわけですが、ごくごく簡単に内容をまとめてみました。

①世界は物語でできている
②近代ヨーロッパで合理主義・進歩主義が誕生し、世界中に広がる
③日本は近代化の際に文化と文明を切り離して矛盾を抱え込んでしまう
④敗戦の際に本土決戦するはずだったこと含めて、記憶を封印してしまう
⑤ファンタジーの世界に住み着くことにして、アメリカと一体化しようとしてきた
⑥矛盾した世界観に囚われ、敗戦の無限ループへ
⑦これを脱するには今まで抱え込んできた矛盾を認識しなければならない
⑧そして真の物語を紡ぎ出す必要がある
⑨真の物語にはあいまいさも必要
⑩理性ではなく、自己を超越したもの信じることによってのみ真の物語にたどり着ける

私には真の物語がなんなのかということはまだ見えてきませんが、自分が今までファンタジーの世界で生きてきた(というかファンタジーの世界で生まれたわけですが)ということには気づきました。
ファンタジーの世界の住人を現実世界に連れ戻すというところが最大のハードルではありますが、目が醒めた方は、隣でまだ夢を見ている方がいたら起こしてあげてください。

(引用終)


(私のコメント終)