1803-10-1216-3/15メルマガブログ転送トランプ政権とユダヤ教

(優秀メルマガブログ紹介)
http://oyakochoco.jp/blog-entry-2044.html#comment520
親子チョコ?(親子で、ちょこっと。。。)


(見出し)
『 私が書いた【『ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたのか』(祥伝社新書)】の帯にですね、僕のいとこの【オノ・ヨーコジョン・レノン靖国神社にお参りしている】カラーの写真が載っているんです。


(私のコメント)
世界の政治経済の動きは、宗教即ちユダヤ教キリスト教の基礎知識がないと分からない。
シナ共産党共産主義ユダヤ人が主導して作ったものだから、宗教を排除すると言うのは建前でユダヤ教の思想が入っている。
今のアメリカのトランプ政権も、そういう宗教的対立が背景にある。
今回ティラーソン国務長官が解任されたが、彼はキッシンジャーが送り込んだ人間だ。
キッシンジャーユダヤ人で、ウォール街国際金融資本の代理人だ。
彼は中国と金融資本を結び付けて中国ビジネスで儲けているから中国の利益になるようにアメリカを誘導しようとする。
ティラーソン国務長官はそういうアメリカの国益よれシナ優先のキッシンジャーが政権に送り込んだ人間だから、どうしても中国よりなのだろう。
彼のボスはトランプ大統領でなく、キッシンジャーだから今回切られたのだ。
そこで考えられるのは、トランプ大統領の娘のビアンカ補佐官の夫がユダヤ人のクシュナーがどう動くかだ。
彼は不動産事業を行っていて、中国が自国に取り込もうと中国不動産利権を与えて儲けさせている。
彼が動いてキッシンジャーやティラーソンが政権に影響を与えてきたのが、ここで流れが変わったのだ。
こういう表面的な政治の動きは、背景のユダヤ教の知識が必要だろう。
なお、トランプ大統領は長老派教会、キリスト教プロテスタントカルバン派だ。
プロテスタントの中でも非常に古い、というかプロテスタントが十六世紀にスイスで生まれて最初に枝分かれした宗派だ。
アメリカ建国のピューリタンは、ここから更に枝分かれしたものだ。
だから、宗教的には当然アメリカファーストになる。
ユダヤ教のように国境無しで金儲けが第一という考え方は、肌合いが違うだろう。

 


(私のコメント終)
(引用開始)

ジョン・ウィンストン・オノ・レノン (John Winston Ono Lennon, MBE、1940年10月9日 - 1980年12月8日) はイギリスのミュージシャン、シンガーソングライター。ロックバンドたるザ・ビートルズのメンバーで、主にボーカル・ギター・作詞・作曲を担当。レノン=マッカートニー名義でポール・マッカートニーと共にビートルズの作品の多くを作詞作曲した。ビートルズ解散後はソロとしてアメリカを拠点に妻であるオノ・ヨーコと共に活動した。身長178cm。1980年死去。息子にシンシア・レノンとの間に生まれたジュリアン・レノンオノ・ヨーコとの間に生まれたショーン・レノンがいる。
『 私が書いた【『ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたのか』(祥伝社新書)】の帯にですね、僕のいとこの【オノ・ヨーコジョン・レノン靖国神社にお参りしている】カラーの写真が載っているんです。
***
【ジョン】は日本に来るたびに、【必ず靖国神社にお参り】していました。それから皇居前広場に行って、【皇居に向かって拝礼もしていました】ね。
***
実は、【ジョンはキリスト教が大嫌いだった】んです。
【「イマジン」という曲】がありますよね。
***
あの曲の冒頭で【「imagine there's no heaven =天国なんかありゃしない」】、【「No hell below us =地獄もありゃしない」】、そして、【「この世界から宗教がなくなったら、どんなに素晴らしいことだろう」】と【歌詞で言っている】わけです。【日本人は知らないで歌っている人が多い】ですが……。
***
あの歌は【反キリスト教ソング】で、【キリスト教会からジョンは除け者】にされます。それで【ジョン】は、一時はインドのヒンドゥー教に憧れたこともありますが、しかし【最後には「神道が一番素晴らしい」というところに行き着いた】わけです。』
***
いかがでしょうか?

今回ご紹介させていただく書物は、現代の国際情勢を考える上で、どうしても必須になってくる「宗教」について、私たち日本の「神道」の素晴らしさ、それとは異なる「ユダヤ教」、「キリスト教」、「イスラム教」について、基本的なところが対談形式によって解説されている良書になります。
さて、キリスト教が大嫌いだったジョン・レノンですが、「イエスより人気がある」という発言をして物議を醸(かも)したことは有名です。

以下は、Wikipediaからの抜粋です。

「 キリスト発言(キリストはつげん、英: More popular than Jesus) とは、1966年のジョン・レノン(ビートルズ)の「僕たちはキリストより人気がある」という発言とそれをめぐる論議のことである。1966年7月、「ロンドン・イブニング・スタンダード」紙のジョンへのインタビュー記事の一部分であるキリスト教に対する発言が引用され、アメリカの雑誌「デイトブック」に掲載された。アメリカや多くのキリスト教国のラジオ局がビートルズの曲を放送禁止とし、南アフリカ政府やスペインは公式に抗議声明を発表した。抗議の声はローマ教皇まで届いた。」

そして、その発言の内容が、これです。
「 Christianity will go. It will vanish and shrink. I needn't argue about that; I'm right and I'll be proved right. We're more popular than Jesus now; I don't know which will go first – rock 'n' roll or Christianity. Jesus was all right but his disciples were thick and ordinary. It's them twisting it that ruins it for me.

キリスト教は衰えていくだろうね。消えて縮小していく。議論の必要はないよ。僕は正しいし、そうだとわかるだろう。今では僕たちはキリストより人気がある。ロックンロールかキリスト教、どちらが先に消えるかは分からない。キリストは良かったけど、弟子は鈍くて平凡だった。僕にとっては、弟子が歪めてしまったせいでダメになったんだと思えるね。)」
このジョン・レノンの発言内容について、当ブログでは、極めて尤(もっと)もな内容であると考えておりまして、賛同いたしております。
弟子が歪めてしまったせいでダメになったとありますが、全くその通りで、そもそもキリスト教は、イエスが創ったものではなく、「鈍くて平凡」な弟子が勝手に拵(こしら)えたモノに過ぎません。

「 史上最強のローマ教皇は、間違いなく、インノケンチウス3世(在位1198~1216年)である。彼の治世における二つの十字軍の影響は大きい。

 1204年、十字軍は、なんとエルサレムへの通り道にあるビザンチン帝国(東ローマ帝国)を滅ぼし、傀儡ラテン帝国を建国させる。

 ここにローマ帝国東西分裂以降初めて、ローマ教皇はヨーロッパ世界の頂点に君臨することになる。

 西欧では、キリストとぺテロの首位権を継承する初代ローマ教皇ペテロ以降、ローマ教皇こそがキリスト教世界の頂点に君臨し続けているとの歴史観が正当とされる。しかし、ここには二つの明確な歴史歪曲がある。

 一つは、イエス・キリストキリスト教創始者ではないということだ。イエスは生涯を通じてユダヤ教の改革派にすぎない。それを後にパウロキリスト教創始者に仕立てた。キリストの筆頭弟子であるぺテロを初代ローマ教皇とした理論家がパウロである。

 もう一つは、ローマ教会が常にキリスト教世界の頂点に位置したわけではないということである。ローマ帝国におけるキリスト教の国教化と東西分裂に伴い、権威と権力を同時に掌握する東ローマ皇帝が、キリスト教徒における信仰と世俗の双方での頂点となった。

 東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルこそがキリスト教の中心であり、ローマはアレキサンドリア、アンチオキア、エルサレムと同格にすぎなかった。いわば、東ローマ皇帝を首領とする組織の四大幹部の一人にすぎなかったのだ。

 それをインノケンチウス3世は初めて打倒し、キリストやぺテロ以来ローマが常にキリスト教世界の頂点に君臨していたという歴史歪曲を行ったのである。」

詳しくはこちらをご参照❤

イエス・キリストキリスト教創始者ではありません
***
このように「キリスト教」は、とてもいい加減な宗教です。
では、その根っこにある「ユダヤ教」は、どうなのでしょうか?

「 皆さんは不思議だと思われるでしょう。ペルシア帝国やマケドニア帝国の支配下に入り、ローマの属州となっても、なおユダヤ人であり続けた理由は何なのか。

 それはヤハヴェへの信仰、それだけなのです。

 それ以前のイスラエルには、ヤハヴェ以外にも神様がたくさんいました。そうすると、連れ去られた人たちはその土地の神様となじんでしまって、その土地の人になってしまった。

 ところが、ヤハヴェだけを唯一神として信仰するようになったあとのイスラエルの人たち、これがユダヤ人なわけですが、この人たちはそれから以降、どのような国の支配下に入ろうが、奴隷になろうが、私はユダヤ人であるという、いまで言うアイデンティティをなくすことはなかった。

 あまりにも強固にユダヤ人であると主張したために、彼らはその後ずっと迫害を受け続けます。ローマはヘレニズム世界を継承して、一つの文明を享受し、あの広いローマ帝国のすべてが緩やかな連合体になり、のちにはローマ皇帝を自分たちの君主として認めて帝国として繁栄しました。物資が各地に流通して人々は豊かになり、文明としても発展していきます。ところが、ユダヤの属州だけは反抗し続けました。迫害されてもなぜユダヤ人は反抗し、ユダヤ人であることをやめないのかと、日本人なら思うでしょ。

 ユダヤ人をどう定義するかというと、一つの定義に、ユダヤ人の母から生まれた子供は全員ユダヤ人だというものがあります。これは、女性がレイプされてもユダヤの血は途絶えないということです。それぐらいひどい目に遇ってきたわけです。

 また、自発的にユダヤ教の信仰を受け入れた人は、どんな血筋でもユダヤ人になる。ユダヤ人は人種概念ではないからです。第二次世界大戦が終わってイスラエル国家を樹立したあと、世界中からユダヤ人の参加を呼びかけたら、真っ黒な人やアラブ系の人などさまざまな人たちがやってきて、現地で受け入れた人たちが驚いたというくらいです。
***
だから、自分でユダヤ人になる人がユダヤ人なのです。いまでも、ユダヤ人をやめるのは自由です。それだけ神との契約を大切にする人たちなのです。神と約束をしたからには、試練は神から与えられるものだから、かまわない。苦労すればするほど神様に認められていると思う人たちなのです。だからユダヤ人は自分という実感が強いのです。与えられたものではなく、自らが選び取っているからです。

 そういうわけで、ユダヤ人から見れば、神様はエホバだけ、ヤハヴェだけと決めたのに、皇帝を拝むわけにはいかなかったのです。皇帝の銅像などは異教徒の悪魔だとなる。このために本当に迫害を受け続けました。

 そして、ローマ帝国に迫害されていたときに「ヨハネの黙示録」が生まれた。だから、「ヨハネの黙示録」というのは、実はユダヤ人の運命をうたったものであって、ローマに対するユダヤ人の憎悪が最高潮に達したときに書かれているために、たいへん激烈な表現になっています。」

詳しくはこちらをご参照❤

ユダヤ人のイエスから連なるもの
***
「 キリスト教旧約聖書では、人間の原罪をもとにして、人間が争い合うことが常態であるかのごとく歴史を語っているのですが、こうした世界観あるいは歴史観は、四大文明を含めたユーラシア大陸全体に当てはめることができます。そこでは都市は戦争によって生まれてきたのです。

 そういうところに、どういう宗教が生まれてくるのかというと“戦う民族の宗教”ということにならざるをえません。それは、生活をしていく上で、日本のような豊かな自然環境に恵まれていないため、人々はよりよい自然環境条件を求めて移動することになります。移動の途中で他民族を従えたり、互いが生存競争のもとで戦い合うのです。

 民族の移動があると、宗教もそれにふさわしいものが生まれます。つまり人々の心をまとめるための宗教が生まれるのです。それが一神教というものを生む背景にあるのです。

 一神教は、基本的に移動する民族がつくり出すものです。それというのも、その民族が土地との強固な結び付きをもたないため、土地やその自然に対する依存が少なくなるからです。土地には、山、川、原野、森などがあります。そして人々は、身近にある山や川に愛着を感じます。そこから生まれる、日本の神道のようなものが、元来はユーラシア大陸にありました。

 しかし、民族移動をはじめることで争いが生じてくる中で、言葉が重要になってくるのです。つまり、土地よりも、人々が語る言葉のほうが、その民族にとって重要になってきます。このことが、一神教がつくられる上での基本になります。彼らには、その民族を守る象徴としての神が必要になるのです。…

 そうしたことは、パレスチナヘブライ人の間で、ユダヤ教が成立した経験でわかるように、ユダヤ人の例が典型です。

 紀元前1000年頃、エルサレムにはダビデ王の時代にヘブライ王国がつくられ繁栄していましたが、その子ソロモン王の死後、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂してしまいました。すると、その後は、イスラエル王国アッシリアによって滅ぼされ(紀元前722年)、ユダ王国新バビロニアに滅ぼされてしまうのです(紀元前586年)。このためユダヤ人の多くが、捕虜としてバビロンに連れ去られてしまったのです(バビロン捕囚)。そうした民族の危機、苦難の時代に預言者たちが現れ、唯一神ヤーヴェの意志を伝えたのです。これがユダヤ教のはじまりです。ユダヤ人たちは、自分たちは神に守られた選民であると思いはじめるのです。そして、救世主の出現を待望する信仰が形成されていきました。約50年後にバビロンが解放されて、エルサレムに帰還したユダヤ人は、ヤーヴェの神殿を再興して、ユダヤ教を確立しました。

 このユダヤ教の経典としてまとめられたのが旧約聖書で、後に、イエス・キリストによってキリスト教へと発展していくのです。

 このユダヤ教という一神教が成立した過程には、ユダヤ人の民族としての苦難の歴史があります。ユダヤ人には民族のアイデンティティーそのものである宗教ですが、これが普遍的な宗教として他の民族にも受け入れられるものとなるには、民族の共同宗教という枠を超えて、個人の救済という個人宗教的要素がなければなりません。その民族の枠を超えて、その宗教を信じることができるという要素を付加することになったのが、新約聖書なのです。ユダヤ教旧約聖書新約聖書が加わってできあがったのがキリスト教で、キリスト教ユダヤ人の枠を超えて、その後、大きく広がっていくことになりました。…

 そして、6世紀後半にメッカに生まれたムハンマドがつくり出したイスラム教も、アッラーの神を唯一神とする一神教ですが、実はユダヤ教の影響を強く受けて生まれました。ユダヤ教イスラム教の成立事情を通してわかることは、一神教が、いかに民族の移動やそれに伴う戦争、殺戮というものを契機として生まれているかということです。人間どうし、民族どうしが争う戦争というものが、一神教の宗教を生む大きな原動力となっているのです。新しい文明をつくり出す大きな要因となっているのです。」

詳しくはこちらをご参照❤

ユダヤ教のはじまり ~ Yahweh
***
つまり、「ユダヤ教」というものは、戦争、殺戮というものを契機として生まれた宗教で、もともとは民族的な宗教だったわけですが、それが途中から何故か変化し、誰でも信仰さえすれば、民族とは無関係に「ユダヤ人(=ユダヤ教徒)」になれるようになったんです。

キリスト教」のいい加減さが可愛らしくさえ見える、まさに「斜め上を行く」のが「ユダヤ教」ということになります❤
***

 

 

(引用終了)