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1511-10-819-11/11メルマガブログ転送藤子不二雄Fミノタウロス

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くらえもんの気ままに独り言

 

(見出し)
藤子F不二雄Fの世界、大人向けF作品に興味

(引用開始)


(前略)

F先生と言えば「ドラえもん」が有名ですが、その他にも「オバケのQ太郎(A先生との共著)」「パーマン」「エスパー魔美」「キテレツ大百科」「チンプイ」「21エモン」などなど多くの作品がアニメ化されたりと、大ヒット作品を量産しておりました。
 

 そんなF先生の「ドラえもん」に次ぐライフワークが短編の読み切りマンガであったわけです。
 

 第1回目の今回はF先生の短編の中でも有名な『ミノタウロスの皿』を取り上げたいと思います。この作品は1969年の「ビッグコミック」10月10日号に掲載されておりました。

 


まずは、あらすじを紹介しようと思います(ネタバレ注意)。
 

 主人公である地球人の青年が宇宙の果てで遭難し、宇宙船のクルーは主人公以外は全員死亡、食糧も水も尽き、救助が来るのは23日後という状況で、イノックス星という地球型の酸素のある星に墜落します。
 

 その星には文明があり、人間の姿をしたウスと呼ばれる種族の方々に保護されるも、自分が地球から来たということを理解してもらえません。(言葉は通じている様子。)
 

 そんな中、主人公は美しいウスの娘ミノアに恋心を抱きますが、ある日ミノアが小さなケガをします。
 

 家族は大慌てで医者を呼びますが、そこに現れたのは地球でいう牛の姿をした医者で、主人公はビックリ。
この牛(というかギリシャ神話のミノタウロス)の姿をした種族はズン類と言って地球でいう人類にあたるとのこと。
もちろん言葉もしゃべれます。ちなみにウスはズン類にとって家畜にあたるということ。
 

 さらに、主人公はミノアがミノタウロスの大祭で食べられることを知り、衝撃を受けます。
どうやら、ミノアは上等な肉用種だったようです。
 

 ウスたちにとってはミノタウロスの大祭で大皿に乗せられることは最高の栄誉であり、
ミノアも主人公に自分が食べられることを自慢します。
 

 しかし、ミノアが食べられることが我慢できない主人公はミノアを説得しようとしますが、ミノアには主人公の主張が理解できません。
 

 そこで、主人公はズン類の有力者にウスを食べるという残虐な風習はやめるように説いて回りますが、
ズン類もウスもこの風習は残虐だとは思っていません。
 

 そして、このやりとり
 

ズン類A「地球では、ズン類はウスを食わんのですか?」
 主人公「そんなこと、このさい関係ないでしょう。」
 主人公「(彼らには相手の立場でものを考える能力がまったく欠けている。)」
 

 結局、主人公は誰も説得できずに大祭当日を迎え、強行手段に出ようと考えます。
しかし、ミノアは皿の上に裸になってスタンバイ。観客の歓声を浴びながら大喜びで活き作りにされます。
 

 放心状態の主人公は地球からの救助艇の中で念願のビフテキを泣きながらほおばりましたとさ。
 

 

 いやぁ、まぁ、価値観の相違ってやつでしょうか?
  もっとも地球の牛は喜んで人間に食べられているとは限りませんが(^_^;)
 

 主人公がウスに肩入れしたのはウスが人間の形をしていて、言葉がしゃべれるから(ついでにミノアがかわいかったから&ミノアに恋したから)という要因が強いでしょうね。
  
  主人公にとっては人間が牛に食べられるという認識になっていたため、ある意味混乱状態に陥っておりましたが、イノックス星の方々の反応がまた興味深いです。
 

主人公「ここにいたら食べられちゃうんだぞ。」
 ミノア「じゃ、地球では食べられないの?」
 

 はい。地球人は牛を食べます。(食べない人もいますが。)
 

ミノア「ただ死ぬだけなんて……。なんのために生まれてきたのかわからないじゃないの。」
 

 ウスたちにとっては、おいしく食べられることが生きる目的なのですね。しかし、深い言葉です。どのように死ぬかを考えることによって、自分の生に目的が生まれ、活力が生まれます。なんのために生きるのか…これは、なんのために死ぬかとほぼイコールとも言えます。とすれば、ただ死ぬということは、ただ生きるということであり、生の浪費ということなのかもしれません。そういう意味ではミノアは活き活きとした生を送ったと言えるでしょうね。
 

ズン類B「食物連鎖の一環にすぎんのですよ。ウスは草を食い、ズン類はウスを食い、死ねば土にかえって草を育てる。うらみっこなしでしょうが。」
 

 主人公はもちろん反論できず…。
 

ミノア「お皿の近くにすわってね。うんと食べなきゃいやよ。」
 

 主人公…陥落orz
 
 言葉は通じるのに最後までまったく話が通じないままでした。
 

 しかし、ウスを食べるのは野蛮だとあれだけ力説して回った主人公ですが、救助の宇宙船に乗り込むなり、待望のビフテキを食べちゃうではありませんか。しかも、ほおばって。
  主人公にとってビフテキは食べ物なんです。好物なんです。
 

 価値観の相違なんてなかった…。自分もズン類と同じ価値観であったと思い知らされたことによって流れた涙だったんでしょうかね。
 

 もしくは、ただミノアが食べられたことを悲しんで泣いていただけかもしれませんが(;^_^A
 
 その場合だと、ビフテキをほおばって食べている姿がかなり皮肉的にうつりますね(‐^皿^‐)なんせ、彼らには相手の立場でものを考える能力が欠けているとか言いつつ、ビフテキをバクバク食べているわけですからね。
 

 どちらにせよ、いくら生きることこそが大事だと綺麗事を主張したところで、結局は自分のことは棚に上げていただけだったというわけです。まぁ、私も人間の姿をしたかわいい娘が牛人間に食べられるということになれば冷静に割り切れるかどうかは分かりませんが(^_^;)
 


 F先生の短編はラストの解釈を読者に委ねるケースも多く、それもまた味わいの一つだと思います。

 

(引用終了)
(私のコメント)
白人は鯨やイルカを食べるな、と過激に運動する。
背景にはキリスト教文明がある。
彼らは地球に他の文明がある事が許せない。
白人に「お前ら、牛を食べるじゃないか」と反論すると、最大限の侮蔑的表情で、
「いるかは食べちゃいけないが牛は良い」という理屈を何時間も聞かされる。
彼らはディベートを子供の時から訓練されているからそんなことは簡単だ。
こう言う宗教的、伝統的、地理的な価値観の違いは話し合って解決する問題でない。
解決するには、どちらかがすべてを捨ててどちらかに同化するしか無い。
それは「自由」を捨てることだから、つまり奴隷になるに等しい。
上記の話で主人公が恋人を助けたいなら、白人シーシェパードのように暴力を振るうか、恫喝していうことを聴かせるか、何らかの取引をするしか無いだろう。
暴力でやっつけた方はそれで正義を貫徹した満足感でよかろうが、相手は侵略されて民族滅亡の憂き目と嘆くだろう。
こういう文化の違いはお互い尊重して別々に暮らすしか無いのではないのか。


(私のコメント終)