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1609-9-1037-9/8メルマガブログ転送天皇お言葉論

中身が濃くて面白いメルマガブログ紹介
http://blog.goo.ne.jp/soraoayumu/e/9d40ae4d1070285b9d7b92dc79a3a467

午後の雨やどり
つれづれパラレル日記
(見出し)
伝統の破壊者 <1>


(私のコメント)
このブログは今回の「天皇のおことば」問題について語っている中では大変良いと思われる。
ただし、非常に長いのでなるべく簡単に要約して紹介します。
原文を読んでいただくと、皇室を中心とする歴史や伝統もよく理解できて、勉強になります。
「伝統の破壊者」というタイトルで <1>から<6>までで一応の一区切りです。
今上天皇が考えた「新しい天皇像」がどんな先人のお手本で考えたのか、という説明とその結論が趣旨になってます。
(私のコメント終)

 

(要約引用開始)
http://blog.goo.ne.jp/soraoayumu/e/9d40ae4d1070285b9d7b92dc79a3a467
伝統の破壊者 <1>

(前略)
おっしゃっていることが、すでにその『御身』の本来の在り様を心底理解されておられないという愕然とする事実を露呈させているのである。天皇たるものが、そんな程度の理解で齢(よわい)80を過ぎるまで過ごしてこられたのかと、失望なんぞという程度ではなく、脱力である。

この方はなにやら大きな勘違いをしたまま、天皇という「職業」に就かれ、皇室という「マイホーム」を第一に生きてこられた『平俗』の象徴であられたのだ。

(中略)
そぼ降る氷雨の中、厳かにしめやかに執り行われた昭和天皇の「大喪の礼」は、ひときわ鮮烈な印象が残っている。

この時代絵巻のような一コマを拝見したことで、日本の国柄、二千有余年の伝統をあらためて知り、日本人に生まれたことに誇りをもった。

それを「残った家族の負担になるからやめたい」などと、それが天皇の発言なのか。この言葉を耳にした時、言いようのない哀しさ、情けなさで涙がこぼれそうになった。

 (後略)

(引用終了)

(引用開始)
http://blog.goo.ne.jp/soraoayumu/e/d1425cbe47626fb0f03100af8d6ec45a
伝統の破壊者 <2>

(私の要約と解説コメント;ブログ主は「お言葉」の中でとりあえず印象に残った文言を取り上げる。)
(それは「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、」
という部分である。)
この部分の感想を申すなら、「見よ、このすさまじき自意識」となる。おそらく、ここの箇所こそが、今上両陛下がもっともアピールしたい「自分たちのすばらしさ」である。着眼点の秀逸さ、それを実行完遂した誇らしさ。言うなれば、歴史に残る偉業として敢えて挙げているのである。

人は文章を書くときに、その末尾に「幸せなことでした」をもってくるのは、一見謙遜に見せて、じつは「どうだ、すごいだろ」の婉曲表現にほかならない。いやらしい書き方であるとともに、ある意味常套的な表現でもあり、皇后の得意な手練れ感がする。

こんなふうに全国津々浦々への『旅』にこだわるから、多忙にもなり、仕事が増えるのであるが、ご当人たちは、それが象徴天皇の在り方の具現と信じてやまない。

(中略)

この全国津々浦々の国民とのコミュニケーションこそが、目指すべきものであったということを拝見して、「ああ、なるほど」と思うことがある。以降は次回に譲る。
(引用開始)
http://blog.goo.ne.jp/soraoayumu/e/37740e4836588ac377e6f62c7f4f8f5c
伝統の破壊者 <3>

(私の要約と解説コメント;天皇が全国行脚の旅を誇るのは、天皇の愛読書が宮崎市定著「雍正帝」にあると思われる。
この本の説明は直接ブログを読んでください。)
(前略)
雍正帝は偉大な父帝の61年にもおよぶ治世の後継であり、おそらく越えられない壁の父帝を意識して、精励につぐ精励、今でいうところの仕事中毒みたいな状態になる。
この雍正帝の置かれた状況が、新たに平成の世を継いだ今上陛下に重なるところが大いにある。
(中略)
雍正帝は)鍵のついた小箱を往復させて「地方の実情を実感する」ことと同じ意味をなすと思うのである。今上陛下の場合は、それを行動に移すことができた。巡幸と称して、あるいは慰問と称して、日本各地の実情をこの目で確かめられることに、意義を見出されたのだろう。


(引用終了)
(引用開始)

http://blog.goo.ne.jp/soraoayumu/e/fb63aa904cb13b73d90914c3a223de54
伝統の破壊者 <4>

(私の要約と解説コメント;ブログ主は、今上天皇に影響があった人物について、上記の雍正帝のほかに嵯峨天皇ローマ帝国ハドリアヌス帝を上げている。)

ハドリアヌスも賢帝と称されるので業績も多いのだが、その中で目を引くのが、この皇帝も地方によく目を向けたことである。二度にわたる長期の巡察旅行に出て、ローマ帝国内をあまねく見て回って現状の把握に努めている。

この巡察には「統合の象徴としての皇帝の周知」も目的であったとされている。また、あちらも火山帯、地震に見舞われる。すると即座に駆けつけて援助をするなど救済に尽力したとも言われている。

(中略)

女優かと見まごう自慢の美人妻を連れて、「民と直接触れ合う」「私こそが象徴天皇である」と強烈にアピールするために、全国津々浦々を巡り歩く。

こうしたハードワークを課してしまったからこそ、加齢とともに息切れがしてくるのである。そして、これをしなければ天皇の意味がないとまで思い詰めておられる。というより、ありていに言えば、強情なのである。

今般の「高齢のために云々」と弱音を吐かれるのであれば、ではお仕事をお減らしになられてはいかが?と、返されるのは至極当然なのである。

世間の、よくわけのわかっていない人たちは「老人虐待じゃん。もう十分働いてくださったんだから、ゆっくり休ませてあげては?」と、まるで退位を認めないのが、死ぬまで働けと言っているかのようにとらえている。

このズレ。体がいうことを利かなくなるなら、それに合わせたお務めの仕方があるわけで、それもムリなら、摂政をお立てになって楽隠居なさってください、と皇室典範の範疇で解決する。

(後略)

(引用終了)

(引用開始)
http://blog.goo.ne.jp/soraoayumu/e/b325eb6ac00dcb2e457783d853dbe24e
伝統の破壊者 <5>

(私の要約と解説コメント;第52代嵯峨天皇今上天皇が強い影響を受けている天皇と言われる。
恐らく、この嵯峨天皇を参考にして今回のことも考えられたと推察できる。)

(前略)

治世13年・・・これは、かの雍正帝の治世と奇しくも同じ。そして、譲位して次代のサポートをするなどと、NHKを通して宣告済み。目指すは嵯峨天皇の晩年ですか。

というより、そう勘ぐりますよ、ある程度の歴史的知識があれば。いったい、ご自分の我を通して生前退位したとして、その後に生じる混乱に思いをはせることはあるのかと。


(後略)

 

 

(引用終了)


(引用開始)
http://blog.goo.ne.jp/soraoayumu/e/25c580ef4071b733426ee4d47ad306f0
伝統の破壊者 <6>
(私の要約と解説コメント;ここで一区切りになっているのでなるべく元記事を引用します。
これから先も続くので、当分このブログを紹介していきます。
要するに日本という国は、歴史や伝統に培われた(つちかわれた)大本の「正しさ」というものがあって、その下に天皇から民百姓がいる、という構造になっている。
だから、その正しさから天皇も問題があれば批判される事になる。
日本人が敬愛する、というか人気がある人物は大体がこの正しさを貫いた人たちだ。
例えば、西郷隆盛なんかも戦前の日本では最も人気があった人だ。
彼の眼には明治新政府は天道に照らして正しくない、と思ったから天皇の政府であっても、どんなに相手が強くても立ち上がった。
時代の流れからしてすでにその正しさは受け入れがたくなっている事も承知で立ち上がった。
こういうのを日本人は愛するのだ。
これを判官びいきともいう。
大東亜戦争でアメリカに立ち向かったのも散々アメリカにいじめられていたことを日本人は知っていたからだ。
この天皇はアメリカとコミンテルンカトリックに権威づけられた初代の天皇のつもりだろう。
ま、私の話はこれくらいにしとこう。)
(前略)

一石を投じてやったぞと、ドヤ顔気分の陛下には気の毒だが、時期が悪うございましたわねえ、と率直な感想である。もう少し、世間が静かな時を選ばれた方が賞味期限が長かったように思う。

それがいいんだか、悪いんだか。1億衆愚の意識から「生前退位」なる言葉が薄れることを、吉ととるか凶ととるかは、今般の「生前退位騒動」の黒幕に聞いてみないとわからない。

半ボケ依怙地の今上陛下の表情から察するに、数年前から今回表明されたようなことは考えておられただろう。人が書いた作文を無理強いされて読み上げさせられたとは思えない。

わが金字塔である「象徴天皇の在り方」=「日本全国を飛び回る、『雍正帝嵯峨天皇みたいな働き方』」が、よる年波でなかなかしんどい。でも、仕事減らすなんてイヤ、まして摂政なんて論外・・・などと、御自身にとっては『美学』に似たお気持ちを、周囲に漏らされていたのだろう。

その「お気持ち」の隙をつかれて、陛下よりはるかに悪賢い人々の都合いいように利用されたのではないかと、想像している。その陛下の「お気持ち」を利用した一人には、美智子皇后もおられると思う。こちらは、「生前退位」=「皇太子即位確定」のうまみである。

NHKだかの報道で、数年前から退位を言い張る陛下に、初めは美智子皇后も他の皇室問題に目を転じさせることで変心させようと試みたとか、そんな話が出ていた。

おそらく、他の問題とはつまるところ「天皇がどうしたいか」ではなく、「これからの皇室をどうするか」であったろう。美智子皇后も、その段階で「一世一元の制」をひっくり返すところまでは思い及ばなかったはずだ。

とりあえず、天皇存命中は天皇のまま、それよりも問題は継承問題・・・皇太子の血筋に継がせたいのが本心ならば、一気に愛子皇太子、愛子天皇へと進まなくとも、まずは「女性宮家」という橋頭堡が築ける。

 

男系男子の堅持であれば、悠仁親王以外の内親王は降嫁して皇籍を離れるか、独身のまま皇族として残るしかない。悠仁親王がいずれ天皇として即位したら、一番宙ぶらりんな立場になるのが愛子さんだ。

いま、しきりに「東宮」として注目を浴びせさせ、本流はこちら、とばかりに絶賛捏造ご優秀アピール中だが、その中心にある内親王が、ある日を境に下に見ていた者たち(秋篠宮家)と、立場が入れかわってしまうのである。

この不条理が許せないのだろう。こうした序列の変動が、まさに悪しき伝統、人間の心を無視した非情な旧習に思えるのではないか。とりわけ美智子皇后には。

ビョーキの母親、一人っ子で相談する兄弟もなく、高齢のときの子であるから若くして親を亡くすかもしれない・・・そんな不憫な愛子さんの立場が立つようにしたいと、長男教の婆さまなら切実に願うだろう。

愛子を中心に、姉弟に恵まれた秋篠宮の一家はそばでしっかり支えてやってほしい。そのためには眞子、佳子姉妹も女性宮家として要員確保。悠仁親王は、単一ながら秋篠宮という宮家の維持に努めてほしい。なにごとも現・皇太子の一家を中心に。

あるいは、愛子さんを皇太子、天皇に就けるには、まだまだ世間の抵抗が大きいだろう、くらいの予想はついているかもしれない。悠仁親王がいるかぎり、男系男子は維持されていく。すると、天皇家の一人娘である愛子さんは、降嫁するか、独身のまま残るかである。

今の三笠宮の女王たちの在り様を見れば、あれは20年後の愛子さんの姿と重なる。国民の耳目は悠仁親王を中心とした新・天皇家に移り、愛子さんは忘れられた存在になる。まともに公務ができるとも思わないし、そもそも現在のような手厚い待遇は期待できない。

皇太子家の一人娘としてちやほやされた過去の栄光が、かえって惨めさを増幅させる。ご本人にそれをはねのける魅力・能力があるとも思えず、まるで『源氏物語』に登場する末摘花の姫君を彷彿とさせる。ちと風変わりでコミュ障なところなど、そっくりである。

そんな行く末が容易に想像がつくので、よけいに愛子さんの将来を確かなものにしておいてやりたいの一念は強いかもしれない。そこに、「不憫さ」ではなく、「使えるコマ」という欲深い目論見で愛子さんに執着するのが、おそらく外祖父とその一派(一味?)なのだろう。

理由はちがうが、愛子さんにこのまま埋もれてしまわれては困るのである。皇室が利権となって久しく、とりわけ外務省の小和田の娘が皇太子妃となったことで、たいした天下り先を持てなかった外務省にとって、大きな利権の扉が開いたのである。

いま、宮内庁の要職を独占しているのは、ほとんど外務省の出身者ばかりである。加えて鳳会とやらの名前が付く、創価学会要素が重複している。「表」も「奥」もそんな連中で固められてしまって、そもそも自虐史観サヨク思想の両陛下が共鳴しないはずもない。

半ボケ依怙地老人の言い出した「我欲」に対して、『諫言』するものなど一人もおらず、それどころか、うまく利用すれば先例をひっくり返せるぞ、とばかりに腹黒い奸臣が謀略をめぐらし、長男溺愛の、これまた「我欲」の塊みたいな婆さまが乗っかり・・・かくして、お得意なメディア戦略を駆使して、ポチの如くの犬HKが実行部隊。

そんな程度のこととちがうのか?と思いつつ、『護憲』を声高に唱える今上両陛下みずからが、憲法を変えよと暗黙の裡に圧力をかけ、国民の心に寄り添いたいとことあるごとにおっしゃりながら、我欲丸出しの「Me first」を高らかに宣言されたのだ。

 

 

(引用終了)